レゾナックナウ

レゾナックに眠る“宝の山”を発掘するAI専門集団リーダーの挑戦

2023年09月15日

“よそ者”だったからこそ、気づく視点がある。

今回のUNSUNG LEADER(知られざるリーダー)は、計算情報科学研究センター ディープラーニングチームのリーダー、岡野悠。

前職でシステムエンジニアだった岡野は、レゾナックに入社後、AI関連のシステムを次々と開発し、現場改善の一助となってきた。

そんな岡野は現在、化学メーカーにおけるAI専門集団という特色あるチームのリーダーとして、組織のカルチャーの変革を目指している。

製造現場のDXを進めるために重要なこととは…

AIの精度に必要なのは、開発者の頭脳でも、システムエンジニアのスキルでもない。圧倒的な情報量だ。

レゾナックはAI画像解析システムを活用し、これまで目視で不良品を識別していた検査工程の自動化を加速させている。

このシステムを開発したのが、岡野率いる計算情報科学研究センターのディープラーニングチームだった。

「製品によっては、生産数が月間何万個にも及びます。それを人の目で検査するとなると、労務費はもちろん、手間や時間もかかります。AI画像解析システムを活用することで、効率よく、しかも精度も高い状態で識別できるようになったケースがあります」

生産ラインでの運用を通じてデータを学習させることで、さらなる精度向上が期待できる。現場からの反響は大きく、製造現場の数だけ需要があるという。

しかし、岡野は現状に満足していない。
「製造業の現場全体でDXが進むかどうかは、AI活用ももちろん大事ですが、会社全体でDXを推進するカルチャーが浸透していることが最も重要だと思います」

 

通勤電車でもプログラムを書き続けた

岡野は大学院を卒業後、システムエンジニアとして大手通信会社に就職した。そこで約10年間勤務したのち、2020年にレゾナックに中途入社した。

「1社目の会社では、実際に手を動かしてプログラムを書いていたわけではありません。その会社では、システム開発の依頼があっても、中国やベトナム、インドなど、開発費が安価な国の会社に外注する、いわゆる“オフショア開発”の仕事をしていました。クライアントと発注先の人々の間に入って仕様を伝えたり、できあがったものを確認したりするのが私の仕事でした」

岡野は当時を振り返り、「不満だった」と語る。AI技術の開発に興味を持っていたのが理由だった。

「大学院では理論物理学を学んでいました。世の中は原子で成り立っていて、原子の相互作用でさまざまな事象が発生します。理論物理学ではそのような世の中の多種多様な現象や概念を、基本的な要素を起点にして考えていきます。AIも、根底にあるプログラムは非常にシンプルなのに、それらが組み合わさることで多種多様で複雑なタスクを達成できるというところが理論物理学に似ていると感じ、一気に引き込まれました。」

すでに、司法試験の正答率は「ChatGPT」が人間の平均正答率を上回った。AIの精度アップは、膨大なデータを読み込ませるディープラーニングが支えている。

しかし、ディープラーニングによってなぜAIの精度が高まるのか、AIはどのようにして答えを見つけ出しているのか、その理屈自体はまだ完全にはわかっていない。

「AIは人間がつくったプログラムなのに、人知を超えているって、純粋にすごい。どういう原理で、あの素晴らしい精度が達成できるのか、そこを起点に考えてみたかったんです」

AIに対する思いが募る一方、当時の岡野には実務経験がなかった。

「前の会社で働いているときに、ベンチャー企業のプログラミングのお手伝いを始めたんです」

平日は会社で働きながら、土日はベンチャー企業の仕事をこなした。通勤時は電車の中でプログラムを書き、帰宅後も没頭した。プログラミングにかける時間は、ひと月あたり100時間にものぼった。

そんな生活が1年半ほど続いたとき、レゾナックの求人を発見した。ディープラーニングに関する人材の募集だった。

迷うことなく、岡野は応募した。届いたのは「採用」の通知だった。

 

重視するのは「心理的安全性」

レゾナックに入社後も、休日はAI関連の論文を読みあさっているという岡野。

「論文って、小説みたいなんです。去年できなかったことが、今年の論文ではできるようになっている。その経過をたどるのが、小説のストーリー展開を追いかけるような感じで楽しくて」

2022年にはディープラーニングチームが立ち上がり、岡野はそのチームのリーダーとなった。中途で入社した岡野だからこそ、レゾナックだけで育ったメンバーとは違うアプローチでチームを引っ張っている。

「チームができるまで、みんながバラバラの動きをしていると感じました。それぞれ異なるテーマの研究をしていて、相談し合うことがない。その結果、場合によっては、“車輪の再発明※”をしてしまうことがありました。違うところをめざしているのに、同じようなプログラムを書いている、といったことが散見されたんです。そのため、私がリーダーになってからは定期的にミーティングを開き、現状報告や困っていること、悩みを吐き出してもらう場にしました」

  • 車輪の再発明=すでに確立された技術を使わずにすべてを手作りして開発すること。効率の悪い開発という意味。

転職経験を持つ岡野は、レゾナックを俯瞰的に見つめている。

「顧客ありきの前職では、一つの案件に対し、必ず締め切りがありました。ですが、レゾナックの業務では社内向けの研究開発が多く、納期が明示されていないこともあります。また、テーマに対するアプローチの仕方も任されています。一見、自由度が高いように見えるかもしれませんが、当然ながら結果は求められるという厳しい一面もあります」

社内からの期待やプレッシャーを感じるが、前職での教訓をチームビルディングに活かしている。

「前の会社では、私自身もメンタルを崩しかけたことがありました。隣の席の人は会社を辞めてしまい、休職した人もいました。この経験からも、私は心理的安全性をとても重視しているので、過度なプレッシャーをかけて潰してしまうなんてことは、絶対にしたくないと思っています。研究者として一人一人が成果に対して直接責任を持つことになる環境でも、仲間意識をもって、チームのメンバーが最大限にパフォーマンスを発揮してもらいたいと思います。そのために失敗を恐れずチャレンジできる環境や、自由に意見交換できる雰囲気づくりもリーダーの役割だと考えています。そのうえで各メンバーには技術者として大成してもらいたいと思っています。」

 

若手にも浸透する“岡野マインド”

そんな岡野をチームのメンバーはどう見ているのか。2021年にレゾナックに新卒入社した、上田一貴に話を聞いた。

「岡野さんは新しい技術に対するアンテナが常に立っていて、すぐキャッチアップする。しかも、その情報を独り占めにせず、みんなに還元してくれます」

上田自身も自主的に、論文要約アプリや、アプリ上で擬似的に実験ができる社内向けソフトを開発した。論文要約アプリは現在、計算情報科学研究センターの50人以上が活用している。将来はロボットを用いた自動実験システムの開発が目標だ。

「岡野さんは自宅でもAIについて勉強をされています。そんな姿を見ていると『自分も頑張ろう』と感化されます」

岡野が率いるチームは、レゾナック内でも風通しがよいことで知られている。他社から転職してきたメンバーも多く、会社に対して臆せず建設的な意見を出すときもある。

「実は『リーダーになってくれ』と打診があったときは、正直、迷いました。チームをマネジメントする側に回るよりは、プレイヤーとして研究開発に集中したいと考えていたからです。ですが、いざなってみると、技術が好きな人たちが生き生きと仕事に取り組んでいる姿を目にできて、この役割も『好きだな』と感じています」

 

現場に眠る“宝の山”を掘り出す

現在、岡野はある挑戦をしている。

「現場への実装に取り組んでいる画像解析システムは、社内の反響は大きいのですが、実は設計自体はそれほど難しいものではありません。成功のカギとなったのは、現場の方との「すり合わせ」でした。依頼者に寄り添い、現場の真のニーズを把握する。そのニーズに沿うようなAI技術を組み合わせ、レゾナック独自のシステムを開発しました。この時、現場の貴重な情報をもっと活用すべきだと気づきました。実装には現場の協力が欠かせませんが、データの提供やシステムテストなど、忙しい現場にとっては負荷になる作業もあります。AI活用による生産性向上や品質安定化という目標を共有し、良いものを共に作り上げていく。それも重要な「すり合わせ」だと考えています。」

岡野の目標は、「レゾナック中の情報を集めて、社内の誰もがそれを利用できるようにすること」だ。

「レゾナックの現場には“宝の山”があるんです」

岡野は、目を輝かせる。

 

すでに、試作段階のプログラムはあるという。

「ディープラーニングは、情報量が多ければ多いほど精度が高まります。会社の業務に本当に貢献できるAIを実装するために重要なのは、有用なデータをどれだけ集められるかどうかです。これは開発者の頭脳やスキルとは別の問題です。組織を横断して蓄積したデータを活用できるカルチャーを根付かせるかどうか。そこに企業としての競争力が出てくると感じています。まずは自分ができる範囲内から一歩一歩成果を出していきたいと思います。」

“宝の山”の発掘は、これからも続く。

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