半導体進化の“カギ”を握る「レゾナック」の戦略
2023-11-02 NewsPicks Brand Design
2023年11月22日
成長し続ける、半導体業界。WSTS(世界半導体市場統計)市場によると、2024年は昨年比11.8%増の約86兆円(5759億9700万ドル)と予測され、さらに市場が拡大。日本でも 政府が国内の半導体企業全体の売上高を2020年の5兆円から、2030年に15兆円にする目標を立てている。
半導体の製造には回路を形成する「前工程」と、ウエハーから半導体を切り出しパッケージングする「後工程」がある。これまで、半導体の技術革新を牽引してきた「前工程」では、半導体の微細化が進められてきたが、限界点が近づいている。
そこで期待を集めるのが「後工程」だ。たとえば、1つの半導体パッケージの中で、複数のチップを重ねたり、並べたりして、ミクロン単位の精度で位置を合わせて接続する最先端パッケージなど、次世代技術の開発が進めば、半導体をさらに進化させることが可能となる。
その後工程において強みを持ち、半導体の材料企業として世界で注目される企業がレゾナック・ホールディングスだ。昭和電工が“1兆円買収”を仕掛けて日立化成を統合した同社は、「総合化学から、スペシャリティケミカルへ」を掲げ、半導体材料事業に経営資源を集中させている。
その変革を主導しているのが、GE出身で同社の代表取締役社長を務める髙橋秀仁氏だ。
なぜ、レゾナックはここまで大きな変革を遂げようとしているのか。同社をドライブする2つのポイント「スピード変革」「人的資本経営」に焦点を当て、レゾナックの競争力の源泉を探る。
レゾナック流「ポートフォリオ戦略」
──レゾナックは昭和電工が日立化成を買収し、統合して誕生しました。当時、昭和電工が買収するに至った背景を教えてください。
髙橋:私は、2015年に昭和電工に入社したのですが、当時から、昭和電工はいい技術を持っているなと感じており、世界で戦える日本の製造業にしたかったんです。
しかし、昭和電工は2016年まで業績が横ばいで、正直芳しくなかった。ところが、私がCSO時代に世界2位の黒鉛電極※の企業を買収し、この業界で世界トップの生産能力を獲得しました。
- ※ 鉄スクラップを溶解し、鋼を生産する電気製鋼炉の電極として使用されている部材
黒鉛電極の事業が牽引する形で、会社全体の営業利益は一気に増え、財務も大きく改善できた。そこに、日立化成の買収案件が舞い込んできました。両社が一緒になれば「スペシャリティケミカル」に一気に近づくことになる、そう確信したんです。
そして、2019年に昭和電工は日立化成の買収を発表しました。
──その後、わずか2年半でレゾナックは事業ポートフォリオを大幅に入れ替えました。
髙橋:そうですね。アルミ缶事業をはじめ、食品包装用ラップフィルム事業、セラミック事業など9つの事業、計2000億円規模の事業を売却しました。そもそも統合した際の長期ビジョンの中で、2000億円規模の事業売却を行うと宣言しており、それを一気に実現しました。
事業ポートフォリオが異なる複数事業を抱えている場合、コングロマリットディスカウントが起こるので、投資家側の視点に立ったときに、レゾナックの企業価値を適切に評価してもらいたかった。企業価値を最大化するために、ポートフォリオを素早く、そしてドラスティックに組み替える必要があったんです。
──ポートフォリオの組み替えに際しては、どんな基準を用いていますか?
髙橋 基本的に、3つの基準で判断しています。1つめが、当社の戦略に適合しているか。2つめが、採算性と資本効率。3つめが、当社がベストオーナーであるかどうかです。
この3つの基準によって、ポートフォリオを定期的に見直しています。なぜなら、ポートフォリオ経営に最終形はないからです。
常に市場の変化を捉え、変わり続ける必要がある。そしてポートフォリオの見直しは、ロジックだけでなく、直感や感性も交えて判断する。その決断こそが、CEOである私の役割でもあります。
変革をスピーディに断行できる理由
──日本企業で、ここまでアクティブにポートフォリオを入れ替える企業は稀です。なぜレゾナックでは、それができるのでしょうか。
髙橋:これは私が外資系企業で欧米系の経営を体得してきたり、旧三菱銀行でM&Aに携わってきたことから、やりきれているのかもしれません。我々がいる半導体業界では、次世代のデファクトスタンダードをつくるために、常に材料開発をし続けなきゃいけない。
だからこそ本気で会社を変え、世界で戦っていくには、スピーディにやらなければ意味がないんです。そのようななかで「社長任期の5年間はできるだけ平穏にやりたい」「次の5年で会長をやろうかな」といった考えでは、本当に変革などできない。
私の経験則ですが「やること」「やり方」「やる人」を変えないで、物事が良くなることはありません。私は、その覚悟と信念を持っていると自負しています。
あとは、私が”外”の人間であることも大きいですね。外部出身者なので社内的な忖度はしませんし、しがらみもありませんから(笑)
──売却される事業の従業員の方々にとっては、合理的に納得がいったとしても、厳しい決断ですね。
髙橋:そういった側面もありますが、私は事業売却は企業にとっても、従業員にとっても不幸ではないと考えています。
たとえば、ある売却される事業が他の企業の傘下に入り、より大きな事業体となれば、スケールメリットや両社のシナジー効果が生まれる。その結果、事業価値は売却前より高まりますから。
R&Dのスピードさえ上げていく
──化学メーカーは「R&D」、つまり研究開発力が競争力の源泉となります。そして研究開発は時間がかかるわけですが、スピードをどう上げますか?
髙橋:「R&D」もスピードは上げられると考えています。レゾナックには、研究開発を加速させていくためのプラットフォームとして「計算情報科学研究センター」があります。 このプラットフォームによって、研究開発で計算科学を活用し、たとえば100個の仮説検証を同時に行い、有望な3~4個を選んで実験に進められる。 従来では、実験を総当たりで繰り返す必要があったものが、効率的に実験ができるので、スピードが飛躍的に高まっています。
また、半導体の後工程材料の開発拠点として、川崎市に「パッケージングソリューションセンター」を立ち上げ、活動しています。 レゾナックは半導体の材料を作る企業にもかかわらず、半導体を製造するための「後工程」装置をすべてそろえて、一気通貫で材料の評価ができるようにしています。
さらに、国内の半導体材料・装置メーカー12社とともに「JOINT 2」というコンソーシアムを設立し、次世代半導体パッケージ技術の評価・開発を進めています。
──なるほど。スピードを持った戦略と実行によって、総合化学メーカーからシフトし、世界トップクラスの機能性化学メーカーを目指すわけですね。
髙橋:もちろん戦略や実行はとても大切です。ただ、そのなかで最も重要なファクターとなるのが「人材」です。 極論すると、戦略はコモディティです。戦略をやりとげる人材が育っているかどうかが、差別化要因だと考えています。だからこそ、私はポートフォリオ戦略に加えて、「人的資本経営」を重要視しているのです。
髙橋社長が推進するスピード変革には、戦略だけでなく変化に対してプロアクティブに仕事を推進できる人材が必要不可欠となる。 そのため髙橋社長はCHRO(最高人事責任者)とタッグで、パーパス・バリューの浸透を重要視し、最前線に立って人材育成の陣頭指揮を取る。
後編では『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』の著者であり、京都先端科学大学教授の名和高司氏と髙橋社長の対話を通じ、レゾナックの人的資本経営を考察する。
なぜ「共創」が必要なのか
──名和先生は、レゾナックという企業をどのように見ていますか?
名和:レゾナックは昭和電工と日立化成が統合した企業。昭和電工は素材、日立化成は製品化の領域に強い。 そうなると、たとえば昭和電工で品質を徹底的に高めてきた方々からすると、お客さまとの対話やマーケティングに距離感があるのかなとも思います。
髙橋:品質を高め続けることが必要ですが、 素材に携わる人にとっても、エンドユーザーの声が届くようになったことは、技術革新の点で非常に有意義です。 このように、旧・昭和電工と旧・日立化成の領域に関わらず、お客さまと直接やりとりする営業、開発、材料調達などの各部門間ですりあわせながら、ものづくりを進める必要があります。
そういったことを推進できるのが「共創型人材」であり、当社が求める人材なのです。
企業価値の源泉は、HRにこそある
──共創型人材を育成していくために、具体的に何を行っていますか?
髙橋:たとえば、パーパス・バリューの浸透への取り組みです。 我々はパーパスとして「化学の力で社会を変える」を掲げ、それを実現するための価値観として4つのバリューを定義しています。
- 1. プロフェッショナルとしての成果へのこだわり
- 2. 枠を超えるオープンマインド
- 3. 機敏さと柔軟性
- 4. 未来への先見性と高い倫理観
こういった新しい文化を醸成するために、私とCHROがコンビで各地の事業所を回り、現場社員との対話を繰り返しています。統合した2社が共創し、変革を進めるためには、どちらにとっても新しい共通の価値観であるパーパスとバリューを取り入れ、文化を醸成することが近道だと信じています。 2022年は国内外の約70拠点を訪れ、タウンホールミーティングやラウンドテーブルを行いました。今年は中国やインドの拠点も加え、昨年以上の拠点を回る見込みです。
人事評価でも今年から、パフォーマンスとバリューの2軸で測るスタイルを採っています。 前者は、数字を上げているかどうか。後者は、4つのバリューを発揮しているか。日本の企業は「成果を出す人」と「バリューを発揮する人」がいたとき、「成果は出すけどバリューに合わない人」を許してしまう。
だけど、これを許すと文化が崩壊してしまう。だから、そういう人をつまみ出し、バリューを発揮してくれる人を増やすことが重要です。ただバリューに関しては、それを測る相場感みたいなものを確立するのに、おそらく3年くらいかかるだろうと考えています。そのためには「パーパス・バリューに共感している」人材がカギを握る。
あくまで私の感覚値ですが、人材のうち、パーパス・バリューに共感している層が3割、悩みながらも変わろうとする層が6割、変化についていけず諦めてしまった層が1割と「3:6:1」で構成されていると考えています。この3割の共感層をインフルエンサーとして育てて共感を広げていく。そして6割の人をいかに燃やすかが重要です。
名和:パフォーマンスとバリューの2軸による人事評価で連想するのが、まさに髙橋さんが在籍されていたGEです。 ただ、GEはローパフォーマーを外に出すスタイル。その辺りは、日本ではなかなか難しそうですが、いかがですか?
髙橋:そうですね。GEにいた時、日本と一番違うと感じたのがHR(人事)でした。 日本の人事は基本的に制度設計、労務管理、給料の支払いなどにコミットします。
対してGEをはじめグローバル企業のHRは、文化の醸成や、価値観の共有、リーダーシップトレーニング、後継者育成、タレントマネジメントといった業務が本流。 それを見た時「HRにこそ、企業価値の源泉があるんじゃないか?」と直感したんですよね。
それを、日本に合ったマイルドな形でなんとかレゾナックになじませたいという思いが、今の試みの背景にあります。
10年後の理想とは
名和:人事変革を行う上で肝になるのが、年齢も実績もそれなりに重ねた「岩盤層」ですよね。 積み上げた実績に対する自信がある一方で、新しいことに対する不安もある。結果的に改革の抵抗勢力になりやすいのが、この層です。
髙橋:そうした岩盤層はときに、オープンな意見交換の障壁になる可能性がありますよね。 岩盤層に限った話でもなく、誰もがオープンに意見を言い合えるマインドを醸成するために「モヤモヤ会議」という取り組みを実施しています。
これは、従業員それぞれが課題に感じていることを自由に挙げてもらい、それについてバリューをベースに解決アクションを一緒に考える会議であり、私とCHROが必ず参加するようにしています。
挙がったモヤモヤは、その場で拠点長がどうするかを意思決定します。私が持ち帰ったものに関しては、経営会議で発表し、適切な役員にアサインするなど本社として動きます。去年はラウンドテーブルを、今年はモヤモヤ会議を重点的にやってきたので、来年くらいからはパーパス系のワークショップもやっていきたいですね。ぜひレゾナックのパーパスと、みなさんのパーパスのどこが重なるのかを探っていきたい。
名和:会社と個人のパーパスの「ベン図」を、私はいろいろな会社に作ってもらうのですが、だいたい3割から7割の幅で重なります。 重ならないと「他の会社を探した方がいいのでは?」となるし、重なりすぎだと「退職後は何をしますか?」となるので、3~7割が健全だと感じています。 そして、重なっていないところにも、実はヒントがある。
社員が本当にやりたいことに、会社としての伸びしろがあるかもしれないし、逆に社員が会社にやらされていることを理解して価値を見い出せば、人として成長できるかもしれないからです。
髙橋:まさに、そう感じています。新入社員や中途採用で入った社員には、「レゾナックは“道場“だと思ってください」と伝えています。 「終身雇用を保証はしませんが、将来どこにいっても通用する人材に育てます」と。
自律型の人材が、共創しながらみんなで会社を楽しく運営している。適度の緊張感はありつつも、互いに価値観を共有しているので、チームで何かを達成するのがすごく気持ちいい。 10年後に目指しているのは、こんな会社です。 ぜひともそういう会社にしたいし、そうなった暁には、必ずや企業価値が今より大きく高まっていると信じています。
執筆:田嶋章博
撮影:濱田紘輔
デザイン:田中貴美恵
取材・編集:海達亮弥
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