レゾナックナウ

暮らしを変える超微粒子開発の軌跡

2023年08月28日

スマートフォンやノートパソコンの動作を支える電子材料「酸化チタン」。

一粒のサイズはインフルエンザウイルスよりもはるかに小さく、目に見えないほど細かい。

電子機器の小型化に向けて各社がさらなる微粒子化をめざすなか、(株)レゾナック・セラミックスは極小酸化チタンの量産に成功した。

今回のUNSUNG LEADER(知られざるリーダー)は、微粒子酸化チタン量産プロジェクトのチームリーダーである(株)レゾナック・セラミックス富山工場技術グループ、水江圭。

製品化目前で一度は頓挫したが、顧客やチームメンバーを巻き込んだ再挑戦によって実を結んだ、このプロジェクトの裏側を聞いた。

電子機器コンデンサ用は世界トップシェア

酸化チタンにはさまざまな用途があるが、(株)レゾナック・セラミックスは、スマートフォンやパソコンなど、電子機器に搭載するMLCC(Multi Layered Ceramic Capacitor:積層セラミックコンデンサ)用のものを製造している。

MLCCは電子回路において、電源やデータ信号を安定化させる重要な役割があり、IoT、AI、EVなどに使われるすべての半導体デバイスを正常に作動させるために必要な電子部品だ。

(株)レゾナック・セラミックスでは1980年代から酸化チタンの製造を始め、今ではMLCC用のものでは世界トップシェアを誇る(当社調べ)。電子機器用の酸化チタンは、粒子が小さくなればなるほどコンデンサ自体の積層の厚みを薄くできるので、電子機器の小型化を実現できる。

そのような需要もあり、酸化チタンの微粒子化が課題となっていた。

酸化チタン

1回目の挑戦は製品化目前で白紙に

2009年に入社した水江は、富山工場に配属され「酸化チタンの微粒子化」という開発テーマを言い渡された。

「会社自体が酸化チタンの製造の歴史が長いので、社内に技術の蓄積があったし、私も大学院で研究してきた領域でした。微粒子化を実現するためには、高純度の粒子を生成する従来の“気相法”ではなく、均一化された微粒子の生成を得意とする“液相法”を取り入れる必要がありましたが、『比較的簡単にできるだろう』と考えていました」

実際、ラボでの研究も順調に進み、量産へ向けたパイロット設備を導入するまでに至った。出来上がった「超微粒子の酸化チタン」はメインユーザーである電子部品メーカーから課された仕様項目をすべてクリアしていた。

しかし、検証の中で不具合が発生した。水江も立ち会って試行錯誤したが、原因は特定できず、こう告げられた。

「このままでは、使えません」

量産化計画は白紙になった。水江は「自分自身がふがいなくて、腐りかけました」と言う。

(株)レゾナック・セラミックス富山工場技術グループ 水江圭

ユーザーとの共創で製品化へ再挑戦

腐りかけた水江を救ったのは、ユーザーからの激励だった。

この超微粒子酸化チタンは、このユーザー向けの特製品。長年ともに開発してきた彼らは水江に絶大な信頼をよせていた。製品化が白紙になった際、「いいものができればすぐに発注するから」と水江に言った。「ものすごいプレッシャーを感じる一方で、励まされる思いもしました」と水江は言う。

こうして「超微粒子酸化チタン」の量産化に向けた水江の再チャレンジは、ユーザーと二人三脚で始まった。

まずとりかかったのが原因究明だった。

その結果、酸化チタンの微粒子化を実現するには、粒子一つひとつの均質性を確保する必要があることが判明した。それは従来のサイズの製品だと問題にならない項目で、互いが取り決めた仕様には含まれていないものだった。とても不安定なナノ粒子の状態を粒子合成で正確にコントロールするのは難しく、不均一な構造に変化をしてしまうため、安定化するにはその問題を技術的に打開する必要があった。

次に量産化設備の模索が始まった。ナノ材料を扱うための製造設備への要求レベルは極めて高く、最新鋭のものを含め、過去の経験にとらわれず、考えられるあらゆる設備を試した。いくつもの組み合わせ、パターン、プロセスを検証し、粒子一つひとつの均一性をそろえる挑戦が続いた。

「お客様とは、毎週のように打ち合わせをするくらいオープンな関係です。そこでフィードバックをもらって、改善ポイントをお互いに確認していました。改善が予定通りに進まないときや、懸念される点が出たときは、両社で納得するまで追究して、一つ一つクリアしていきました。」

そして、ついに製品化を実現した。

 

自分の中に答えを求めすぎず、チームで共創

水江は入社以来、研究開発の一線に立っていたが、2017年ごろからは約10人のチームを率いる立場になっていた。

「私のミッションは、ニーズを詳しく聞き取り、タイミングよくその性能を持った製品を提供し、ユーザーに期待感を持っていただくことです。」

一度は酸化チタンの製品化が白紙になったが、チーム水江は前向きに製品の改良に取り掛かった。

社内での立場が変わった時期と製品化白紙のタイミングが重なり合い、水江の心境も変化したという。

「みんな優秀で、『そういう発想があるのか』と驚かされることはしょっちゅうですし、仮説を立ててから検証までのスピードも速い。いま思えば、酸化チタンの製品化が白紙になるまでの私はずっと自分の世界にとどまっていたんだと思います。視野が狭かったというか、自分の中に答えを求めることにこだわりすぎていたのだと実感しました」

会議室で話す開発チームのメンバー

自由に考えさせ、期待を持って待つ

水江はチームのメンバーに口癖のように掛ける言葉があるという。

「チームのメンバーには『こうあるべきだ』とは言いません。制限をかけず、なるべく自由に発想し、開発のアイデアを考えてほしい。一方で、アイデアを出す際には、単なる思いつきではなく根拠となるデータも一緒に出してほしいと言っています。そして最後に『期待しています』と付け加えます。あえて言っているというわけではなくて、メンバーを信頼しているので自然と出てくる言葉です」

開発チームのメンバー

この挑戦で開発チームが製造した酸化チタンの粒子は、従来製品と比べて、はるかに微細なサイズになった。だが、研究開発に終わりはない。

酸化チタンを使用したコンデンサは、スマートフォンやパソコンなどの電子機器のほか、電気自動車(EV)にも搭載されている。コンデンサの搭載数は1台につき、スマートフォンが約1000個、パソコンが約1000個、EVが約6000個だ。酸化チタンのさらなる微粒子化が実現すれば、MLCCが蓄えられる電気の容量が増えることで性能だけでなく信頼性も高まり、そういった製品の軽量化や高性能化につながる。

粒子の均一性を保ちつつ微粒子化する必要があるため、技術的なハードルは高いが、そのぶんやりがいを感じると水江は言う。

「富山工場の技術は、製品を一歩前へ進めることができるものだと思っています。それをもっと広めたいですね。材料の可能性を今後も追求していきたいです」

社会を変える技術革新へ。水江たちの挑戦は続く。

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