ワンチームで期待に応える。半導体領域で切り拓いた世界への道
2023年10月16日
自動車やパソコン、通信インフラなど我々の生活を支える「半導体技術」。レゾナックが開発した熱伝導シート「TCシリーズ」は、半導体チップの放熱性能を格段に高める機能がある。2022年には、台湾の世界的な半導体メーカーへの採用が決定した本製品だが、この採用までには、レゾナックとメーカーとの間で6年にも渡る長い道のりがあったという。その舞台裏について、営業統括部の畑中格に話を聞いた。
最前線に乗り込み、地道な活動を続けるなかでかかってきた一本の電話
近年、ますます注目を集めている半導体産業。その背景にはコロナ禍に端を発する、テレワークの普及に伴うICTインフラ活用の加速や5G・6Gなどの高速通信関連事業、大容量・高速処理向けサーバーの需要拡大などがある。
そして現在、半導体において喫緊の課題となっているのが「放熱性能」だ。半導体の性能を上げるためには小型化・高集積化をする必要があるが、その場合、半導体チップは高温になりやすい。そのため、熱伝導率の高い材料をチップ表面につけて熱を逃がす必要がある。従来から熱伝導材料として広く用いられているのは、シリコンなどを原料とした「放熱グリス」だが、加工はしやすいもののその熱伝導率はそれほど高くはなかった。
そこで、「高い熱伝導率」と「加工のしやすさ」の両立をめざして、レゾナックが着目したのが、自社の製品ラインナップにあった熱伝導シート「TCシリーズ」だ。
「実はTCシリーズは、もともと半導体パッケージの検査用シートとして2010年頃に開発されたものです。しかし、その用途だけでは需要に限りがあるため、半導体チップの熱伝導材料として売り込んでいくことになりました。ちょうど私が入社して、海外担当の営業になった頃の話です」
畑中は、前職の化学メーカーで、半導体製造の前工程段階で使われる材料の営業を長年担当し、2011年に日立化成(現レゾナック)に入社した。入社後は後工程材料の国内営業担当となり、2012年からはアジア圏を中心とした海外営業を担当。そして2016年には、いまや世界有数の半導体生産の集積地として知られる台湾への赴任が決まった。畑中は、当時の心境をこう振り返る。
「もともと海外赴任を希望していましたし、台湾は最新技術を用いた先端パッケージを牽引している市場です。半導体の後工程領域の材料を拡販するための要になる地域だと思っていたので、“やりがいがあるな”という感じでしたね」
半導体開発に貪欲な会社が集まるこの地でなら、実績の乏しさは度外視して、「従来のグリス材の10倍の熱伝導率」をもつ「TCシリーズ」を高く評価してもらえるに違いない。そう考えて、赴任直後からいくつかのメーカーに提案してみたが――。
「興味はもってもらえるものの、そこまででした。グリスからシートへと材料を切り替えるとなると、製造工程を変更しなければいけません。相応の設備投資が必要ですし、何より、半導体チップの製造を依頼しているデバイスメーカーへの説明とPCN(仕様変更通知)に手間がかかるので、どこも消極的でした。“そんな面倒までして、わざわざ変える必要はない”ということです」
現実は、厳しい。それでも頑張るしかない……と、地道な営業を続けて数か月が過ぎた頃、営業所に一本の電話が掛かってきた。
チームで何度も壁を乗り越えた、6年間の歩み
電話の主は、世界的な半導体メーカーの名前を出して、「自分はそこで開発を担当している」という。そして、「ホームページに掲載されているTCシリーズに興味がある」と続けた。
さっそく畑中は、現地の部下を連れて本社に赴いた。そのときのことは、鮮明に覚えているという。
「まず社屋に入る前に、パソコンはもちろん、スマホやスマートウオッチ、記録ができそうなデバイスすべて守衛に預ける必要があります。それで、いざ担当者に会っても、一方的な質問ばかりで、何に使いたいとか、どんなものをつくりたいとか、一切教えてくれない。資料の提供もなし。徹底的に情報漏洩を防止しているわけです」
これはなかなか難儀な仕事になるな、と直感した畑中。ただ、この半導体メーカーは、世界屈指の技術力をもち、影響力も十分にある。この企業にTCシリーズの導入を実現することができればレゾナックとして大きなチャンスになると確信していた。すぐに、設備や製造装置に詳しい日本人開発担当者と、台湾の営業を加えて4名体制を組み、週に1~2回のペースで先方のもとへ足を運ぶことにした。
「打ち合わせは英語と中国語が半々で、参加メンバーによって使い分けていました。中国語のビジネス会話は慣れていなかったので、技術的なことを中国語で説明されたときは全然理解できないことも多く、必死にメモして、あとで台湾人の部下や日本の開発担当者に聞いたりして内容を確認していました」
しばらくは、互いの胸の内をさぐるような会話が続いていたが、回数を重ねるごとに話は徐々に具体的になり、やがて技術的な内容に及んでいった。少しずつ、手応えを感じられるようになった。
そうして1年ほどやり取りが続いたころ、先方の担当者に変化があった。
「“実際にTCシリーズを貼り付けるには、どんな設備を導入する必要があるのか?” “NDA(秘密保持契約)を結ぶ用意はあるのか?”といった質問が出てきて、具体的な要求スペックを提示してくれるようになりました。それからは、テストをして先方にデータを提出して、フィードバックをもらって改良をして、またデータをとって提出して……をひたすら繰り返しました」
畑中がとくに印象に残っているのは、「0.1ミリの厚さで、誤差を±0.01ミリに留めてほしい」という要望だ。それまで工場では、±0.03ミリまでを誤差として許容していたため、それを3分の1にするとなると、新たな設備を導入して、検査方法も変える必要があった。
「かなりの難題でしたが、弊社側の工場が製造や検査の工程を見直し、限界まで加工精度を上げたり、製造工程内で厚みを測定する装置を自社開発して導入したり、この製品の将来性に関しても営業情報を信じて対応してくれました。開発部隊が背水の陣で臨んでくれたことにも感謝しています。」
その後も先方からは、従来の用途では想定していない厳しい製品管理を要求されたり、製品評価の結果が合わないと指摘されたりと課題は多かったが、畑中は開発部と密に連携をとりながら、ひとつずつクリアしていった。どうしても解決できない技術的な問題やコスト面の調整については、先方の担当者と何度も議論を重ね、お互いの納得いく着地点を見つけていった。
「一度、社内で“TCシリーズは売れない”という声が多く上がったことがあったんですけど、お客さんが“モノ自体はすごくいい”と評価してくれていたので、なんとか事業化まで持っていきたいという思いでした」
そんな粘り強い姿勢が評価されて、2020年には半導体パッケージ向けのサンプルの提供をスタート。ここまで来れば、あと一歩だ。2021年秋には、遂に先方から「工場の量産体制が整った」と連絡が入った。あとは最終製品のメーカーからの発注を待つばかりとなった。
「その間もずっと不安でしたね。先方は競合他社の存在を明言していたし、最後の最後で他社に乗り換えられる恐れがあるわけですよ。それで2022年の夏前に、ようやく先方から発注がきたときは、嬉しさよりも、ホッとした気持ちのほうが強かったですね。“本当に長い6年だったなあ”、と」
変化の激しい時代だからこそ必要な「共創」
この量産立上げをきっかけにTCシリーズの認知は少しずつ広まり、いまでは各国で採用する半導体メーカーが増えている。
「先日、先方から2025年までにTCシリーズの使用量が大幅に増加する計画だという話を聞きました。アメリカや韓国、日本の営業担当と連携して最終製品メーカーにも売り込んでいて、そのメーカー各社が半導体メーカーに“TCシリーズを使ってほしい”という要望を出す流れが起きています。サプライチェーンの上流か下流かは関係なく、まず影響力の強いところを押さえること。それが短期で拡販するためのポイントですね」
ではあらためて、今回の「TCシリーズ」の事業化成功の要因は、どこにあったのだろうか。
「やっぱり、チームワークの勝利だと思います。工場や開発チームのメンバーも前向きに協力してくれたし、台湾を含め各国の営業担当やマーケティングの部署とも連携できた。それらが全部つながって、全方位でお客さまをカバーできたことが大きかったと思います」
畑中は今年3月に台湾を離れ、現在は本社にて実装クラスター営業部に所属している。これまでと同様の「プロダクトアウト」でレゾナックの多様な製品を売り込みつつ、構造体に使われるすべての材料ニーズの拡販や、その一方で市場のニーズや顧客の困りごとを起点に製品開発を行い、顧客認定まで持ち込むという「マーケットイン」にも取り組む。
「これだけ変化の激しい時代にモノを売るためには、最新の半導体市場動向とお客さまの声を社内で共有して、共創することが大切だと思います。可能性の大きい市場であること、製品が世の中に求められていることがわかれば、みんなモチベーションをもって、それぞれの立場から協力してくれる。そのことが今回、よくわかりました。僕自身がモノをつくれるわけじゃないので、今後も開発のチームはじめ、さまざまな人の力を借りながら製品開発に取り組んでいきます。TCシリーズに続く製品を、どうぞご期待ください」
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