レゾナックナウ

自走できるチームを目指して。障がい者インクルージョンへの挑戦

2023年09月29日

障害者雇用促進法の改正により、2024年4月から障がい者の法定雇用率が段階的に引き上げられることになった。企業にとって、障がい者雇用は喫緊の課題だ。しかし、雇用率のみに目を向けた対応では「インクルージョン」は実現しない。

レゾナックでは、知的・精神・発達障がいのある方たちも採用・育成して戦力にすることをミッションとする「ジョブ・サポートチーム」を設置している。

今回のUNSUNG LEADER(知られざるリーダー)は、このチームを率いる人事オペレーション部の鈴木秀明。障がい者インクルージョン実現に向けた取り組みと困難、克服の歩みを聞いた。

集約型のチーム雇用でナレッジを積み上げる

障がい者雇用のスタイルを大別すると、既存の部署に障がいのあるメンバーを配属する「配属型」と、障がいのあるメンバーだけでチームを構成する「集約型」の2種類がある。

レゾナックでは、「配属型」を基本にした障がい者雇用の仕組みづくりをしつつ、本社では知的障がいや精神障がいのある方を対象とした「集約型」の雇用に取り組んでいる。

鈴木をリーダーとした障がいのある方による組織は2014年に結成され、翌2015年、「ジョブ・サポートチーム」と名づけられた。鈴木はその狙いについてこう話す。

「障がいのある方による社内チームをつくることは、他社でも前例の少ない取り組みのため、一つひとつの経験をナレッジとして積み上げています。また、障がいのある方と触れ合う機会があまりない社員とも、協働や業務依頼などを通じてお互いの理解を促進することをめざしています」

株式会社レゾナック 人事オペレーション部 鈴木秀明

障がい者雇用に無関心だった自分が、当事者に

鈴木はレゾナック(旧昭和電工)に入社する前、約20年にわたって総務や人事に携わってきた。前職では、投資ファンドの運営するホールディングカンパニーに在籍し、新規上場に向けて人事的なトラブルの解決に奔走する毎日だった。あらゆる人事の問題に対応してきたが、唯一担当していなかったのが、障がい者雇用だった。

「正直言うと、当時は障がい者雇用に関心がありませんでした。自分とは無縁な課題だという認識でしたから」

しかし2013年、事態は一変する。

激務続きのストレスがたたり、鈴木は心臓に持病を患った。体力づくりのために自転車でトレーニングしていたところ、突然意識を失い、その場に倒れた。偶然近くにいた消防署員が即座に救急蘇生措置を行い、一命をとりとめたが、鈴木の心臓は22分ものあいだ自力での活動を止めていた。

「今、私の体には、ICDという小型のAEDが埋め込まれていて、常に心臓がモニタリングされている状態です」

鈴木自身が障がいのある身となった。

奇跡的に後遺症もなく復帰できたが、もう企業買収や上場準備のような高ストレスな仕事はできない。そう思っていた矢先、レゾナックの前身である昭和電工と出会う。当時、昭和電工は精神障がい者の雇用促進モデル事業に参画予定で、知的・精神・発達障がいのある方の雇用ノウハウを求めていた。

「私は、課題に立ち向かい、解決することが好きなんです。だから、これまでも激務を引き受けてきました。しかし、もう身体的に激務は無理だ。そう思っていたところに、他人事ではない課題が目の前に現れた。これを解決せずにはいられないと思いました」

2014年、鈴木は昭和電工へ入社した。

“戦力”としての障がい者雇用

鈴木は障がい者雇用で大切なこととして、「企業の理念と雇用力」を挙げる。

単に法定雇用率(2023年度は2.3%、2024年4月から2.5%、2026年7月から2.7%)を満たすことだけを考えていたのでは、障がい者雇用はコストと受け止められがちだ。しかし、レゾナックのジョブ・サポートチームは、障がいのある方を“戦力”と捉えている。

「それを実現するためには、障害者手帳を持っていれば誰でも採用するというわけにはいきません。戦力となってもらうため、ポテンシャルの高い人を採用し、育成する必要があります」

昭和電工本社が初めて知的障がいのある方を採用したのは、2014年のことだ。鈴木は当時のプロジェクトメンバーとともに、本社の各部署に向けた説明会を開き、チームに任せてもらえる業務を募った。初仕事は、LANケーブルの整理。中度の知的障がいと自閉症の社員と一緒にやってみたら、その社員はケーブルを結ぶことができなかった。靴ひもも結べないので、彼の靴ひもがほどけるたびに、鈴木がひざまずいて結んだ。結局、この仕事はすべて鈴木が代わりに行うしかなかった。

「これでは意味がない。障がいのある方といえども、自社の戦力となる採用・育成をする必要があると気づきました」

鈴木はまず採用基準を整備した。どのような障がいがあり、必要とされる支援は何かといった採用候補者それぞれの状態を明確にし、対応可能な場合にのみ採用するという流れを構築した。

鈴木は、「人にはその時点で相応しい居所がある」と強調する。

「基本的な労働習慣を身につけられるように支援するべき人もいれば、自宅や病院での療養が必要な人もいます。その人らしい豊かなキャリアを考慮して、離職支援をするのが最適なケースもあります」

さらに、チームメンバーが経験を力に変えて自走につなげるための学習サイクルをつくった。

「半年に一度このサイクルを回しており、日々の細かな業務の中にも、この考え方を取り入れています。失敗してもそこにとどまらず、次のチャレンジにつなげるサイクルが、できあがりつつあります」

このサイクルを回すことで、着実にメンバーのスキルは向上している。

「ITリテラシーの高さを見込んで採用した人は、配属後も次々と新しい課題にチャレンジし、スキルをさらに高めてくれています。今では、業務の自動化ツールやチーム運営に欠かせないシステムの開発、運用といった、高度な仕事を担っています」

戦力としての障がい者雇用が、成果として実現しはじめている。

The Valuable 500に参画、社員7500人超がサポーターに

レゾナックは2020年、障がいのある方の社会参加促進を目的とした「The Valuable 500(以下、V500)」に参画した。V500は、2019年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で発足したもので、世界の10億人以上の障がい者、さらにその家族や友人を合わせた13兆ドルの購買力に着目し、福祉という観点ではなく障がい者雇用の経済性を意識して障がい者インクルージョンを促進している。

鈴木は、V500の創設者・キャロライン・ケーシー氏の話を聞いて、その熱量に圧倒された。すぐさま彼女に連絡した。

「コロナ禍でロンドンがロックダウンされた真っ只中でしたが、キャロラインさんは動画メッセージを送ってくれました。その動画に字幕を入れて、社員に配信したんです。彼女の思いを伝えたい一心でした」

同時に、障がい者インクルージョンを説明する冊子をつくって社内に配り、各職場でワークショップを開いてもらうなどして、障がい者インクルージョンに賛同するサポーターを集めた。当初500人を目標としていたサポーターは、現在7500人を超えている。

サポーターに配布しているステッカー(PC等に貼り、賛同を表明してもらう)

ジョブ・サポートチームだからこそできる仕事を生み出す

V500に参画した際、ジョブ・サポートチームは障がい者インクルージョンに関する知識をeラーニングコンテンツの形で社内に発信した。発達障がいや障害者権利条約などについて動画で解説し、字幕をつけている。作成したのは、それまでパワーポイントを触ったこともないチームメンバーだった。

鈴木はチームで適正なメンバーを選び、パワーポイントやファイル形式の変換法を習得させ、コンテンツを完成へと導いた。さらに、この取り組みはジョブ・サポートチームの新たな業務創出につながった。

eラーニングコンテンツはこれまで、担当の社員がつくるケースが多かった。だが、本来の業務と兼務で制作すると、質が落ちたり、担当する社員の負荷が高くなったりすることもある。だからこそ、ジョブ・サポートチームが“専業”として取り組む意義が高いと鈴木は感じた。

「ただ『コンテンツを作ろう』と言っただけで、チームのモチベーションを維持することはできません。『コンテンツ制作をマスターし、社内のあらゆるeラーニングに携わることができれば、私たちのチームは社内で揺らぐことのないポジションを築くことができる。このポジションは、会社が勝手に用意してはくれない。自分たちの手でつかみ取らなければいけないんだ』とメンバーを鼓舞しました」

キャリアに対する考え方が一変した彼らは、それぞれの特性を生かし、次々と新しい知識や技術を身につけていった。

eラーニングコンテンツはさまざまな部署から引き合いがあり、今では年間50件以上制作依頼を受けている。

自走できるチームにするために

ジョブ・サポートチームはこれまでに延べ16人を採用し、現在は鈴木を含む3人の管理者と9人のチームメンバーで構成されている。

インタビューにご参加いただいたジョブ・サポートチームのメンバー

チーム員に話を聞くと、鈴木がいかにしてメンバーを支え、導き、チームを築いてきたのか、よくわかる。

中村仁さん(写真左から2人目、2016年入社)

大学院を出たものの、就職活動はうまくいきませんでした。その後、就労移行支援施設でコミュニケーションや突発事項への対応を学びました。そして、ITリテラシーの高い人材を求めていた昭和電工に出会い、自分のパソコンスキルを活かせると思い入社しました。
入社してすぐ、鈴木さんに名刺注文のクラウドシステムの設定と管理等をやってみたらと勧められて、着手しました。名刺内製のためのシステムを構築し終えた後も次々と新たな目標を提示してくれて、今は封筒や冊子の注文を受け付けるシステムの開発や運用を行っています。この経験をもとに、障害のある人が活躍できる環境づくりについて論文をまとめたら、日立ITユーザー会第56回大会で優秀賞を受賞しました。
鈴木さんがいなかったら、今の自分はいない。今、自分の特性に合った仕事ができていることを実感しています。

 

佐藤龍史さん(写真右から1人目、2019年入社)

大学卒業後、派遣の仕事を転々とした後、就労移行支援を経由して入社しました。eラーニングのコンテンツ制作に携わっています。一人前の戦力になるために何をしたらいいか、鈴木さんが入社前から3ヵ年計画を立ててくれました。いきなりフルタイムで働くことはせず、少しずつ会社や業務に慣れていきました。苦手だったコミュニケーションについても、メールの言い回し一つで相手との距離感を築くことができると教えていただきました。
今は、無理なくトラブルなくコンテンツを制作して納品すること、そして、それがスムーズに運用されていることに喜びを感じています。このチームと鈴木さんのお陰で、人生が大きく変わりました。

 

笹野杏紗さん(写真左から1人目、2023年入社)

まだ入社したばかりですが、もう何年もいるくらいなじんでいます。入社当初は不安もありましたが、不安を味わう暇もないくらい、eラーニングのコンテンツ作成の依頼が多くて。目の前の仕事に取り組んでいるうちに、職場になじんで、どんどん仕事が楽しくなっていくのを実感します。
もちろん、不安を感じたり落ち込んだりすることもありますが、鈴木さんが「今日はこれができたね」「自分をもっと褒めてあげて。自信つけていこう」と声をかけてくれます。日報も意識して前向きに書き続けていたら、以前の不安はどこにいったのかと思うくらい「自分、よく頑張った」と感じることが増えてきました。

 

ジョブ・サポートチームの将来について、鈴木はこう語る。

「長期的な目標にはなりますが、自走できるチームにしたいですね。支援者がいて当事者がいるという形ではなく、さまざまなところに機能として入り、自分たちで考えて動けるように。そのためにも、eラーニングに続く別の仕事を見出していきたいと思っています」

鈴木は変わらず、課題解決に挑み続ける。ジョブ・サポートチームは、レゾナックにとって欠かせない機能を担う力を、着実に育んでいる。

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