水道の安全を守る。消毒液供給の“舵取り役”
2024年05月30日
上下水道の殺菌・消毒に使われる次亜塩素酸ソーダは、水道インフラを支える重要な製品だ。しかし、デリケートな性質をもつため、製造・管理に大きな制約がある。さらに、季節や天候によって需要の増減が激しく、安定供給を実現するには工夫やノウハウが欠かせない。
今回のUNSUNG LEADER(知られざるリーダー)は、川崎事業所SCM部デリバリーグループの吉田直之。次亜塩素酸ソーダの安定供給にまつわる数々の難題を、製造・販売・物流の連携プレーで乗り越え続けている。私たちの暮らしの土台を支え続ける取り組みについて、話を聞いた。
異業種からの転職
2011年、吉田は昭和電工(現レゾナック)に中途入社した。異なる業界・業種からの転職だった。しかし、父と祖父が昭和電工に勤めていた吉田にとっては、非常に身近な存在だったという。
現在、吉田は、次亜塩素酸ソーダの製造指示、配送スケジュールを管理する。約25社の輸送会社と連携をとり、タンクローリーと運転手の配備も担っている。
殺菌・消毒で生活を支える次亜塩素酸ソーダ
次亜塩素酸ソーダは、黄色がかった液体で、誰もが嗅いだことがある「プールの匂い」のもとだ。
主に上下水道の殺菌・消毒に使われ、レゾナックで製造される次亜塩素酸ソーダの約8割は関東甲信越の自治体の上下水道局に供給されている。また、学校のプールや民間の温浴施設・プール、飲食店で提供されるおしぼりの消毒や、家庭用漂白剤の原料など、私たちの身近なところで活躍している。
レゾナックでは、食塩水を電気分解することで得られる水酸化ナトリウム水溶液に塩素ガスを混合させることによって、次亜塩素酸ソーダを製造している。
「次亜塩素酸ソーダの大きな需要期は夏場です。プールで消毒に使われるほか、下水の処理に使われます。梅雨、台風、ゲリラ豪雨などで雨がたくさん降ると、下水施設に雨水が流れ込み、処理量が増えます。下水処理施設で殺菌・消毒してから河川に排出しないといけないので、次亜塩素酸ソーダの消費量が増えます」
1日平均の出荷量は約230トンだが、夏場の多い日は500トンを超えるときもある。
安定供給のために情報共有
私たちの暮らしを支える次亜塩素酸ソーダは、管理する際に大きな制約がある。紫外線に弱く、20度以上の気温で品質が劣化してしまうので、長期保存ができないのだ。
レゾナックでは次亜塩素酸ソーダをタンクに入れ、温度管理をしながら保管している。
「フレッシュな次亜塩素酸ソーダを求めて、発注が来ます。今日中にとか、明日までに、といった注文も少なくありません」
突然大量発注が来ることがあるが、次亜塩素酸ソーダは鮮度が大事なので、“作り置き”が難しい。まるで生鮮食品のようだ。
ここで、今後の需給をどう読んだらいいか、吉田の経験にもとづくノウハウが生かされる。
「季節や日々の天候、曜日なども意識しながら、1週間後の受注状況を予測し、生産量の増減を現場と共有しています。特に、台風など、荒天の予報が出ているときには、製造現場や輸送会社と迅速な対応ができるよう、連携をさらに強化しています」
異常気象でも「24時間以内に100トン」
天候を相手にする以上、予想を上回るイレギュラーへの対応力が試されることもある。
たとえば、2023年6月――。
大気の状態が非常に不安定で、局地的な大雨が3日間続いた。納入先である下水道局の管轄エリアでも雨が降り続き、大量の下水を処理しなければならなかった。
「ちょうどそのとき、年に一度の定期修理期間でした。一部の製造ラインを止めていたので在庫が少なくなっていました。そんななか、下水道局から100トンの注文が来たのです。大量に流れ込んでくる雨水を、処理しないといけませんから。早く流さなければ、下水処理場があふれてしまいます」
期限は、翌日の朝10時まで。つまり、24時間以内に100トンを製造し、納品しなければならない。10トンのタンクローリーを2台手配し、ピストン輸送を行うことにした。
10トン製造するのにかかる時間は、約80分。タンクローリーに積載するのにかかる時間が、約30分。2時間に1回ペースの搬出を、夜通し行った。
そして、ようやく翌朝9時、注文通りの納入が完了した。
このときの教訓は、後にしっかりと活かされている。
「製造、販売、物流が同じ方向を向いていなければ、安定供給は成し遂げられません。そこには全て、人間がかかわっています。だからこそ、日ごろからのコミュニケーションをより一層大切にしています。普段からの信頼関係があってこそ、不測の事態でも連携して対応が可能になります」
需要増に対応し設備投資へ
生活を支え続ける次亜塩素酸ソーダは、今後需要の拡大が見込まれている。
水道水の消毒は水道法で塩素を使うよう規定されており、多くの水道局ではこれまで液化塩素を使っていた。しかし、最近は次亜塩素酸ソーダに置き換える水道局が増えているのだ。
「液化塩素は吸い込むと呼吸困難になるおそれがあるなど人体への有害性が強く、他の物質と混じると発火することもあります。その点、次亜塩素酸ソーダは危険性が比較的低く、取扱いが簡単です。コスト面でも優れているので、液化塩素からの置き換えが進んでいます」
こうした需要増に対して、安定供給を実現できるよう、レゾナックは設備投資を進めている。現状で年間7万トンの製造量を、2025年に8万1500トンまで引き上げる計画だ。
安全な水道を支える誇り
日本は、世界でも数少ない水道水がそのまま飲める国の一つであり、蛇口をひねれば安全な水道水が出てくる。
「社会のインフラを支えているという実感があります。ライフラインの維持に不可欠な、安定供給のため日々努力しています。重要な役割を担っていることに、もちろんプレッシャーを感じることはありますが、同時に、とても誇りに思っています」
日々の暮らしの中では当たり前と感じてしまうこと。その当たり前を不断の努力が支えている。