「神話」を疑い現場を改善 電池の長寿命化を実現する開発チームの挑戦
2024年09月12日
カーボンニュートラルなど環境意識の高まりから、EV(電気自動車)が普及している。EVの心臓部であるバッテリーにはリチウムイオン電池(LIB)が使用されているが、性能劣化が課題となっている。 レゾナックは、このリチウムイオン電池の劣化を抑制するカーボン系導電助剤「VGCF*」を開発し、近年では増産を急ピッチで進めている。
※ VGCF(Vapor Grown Carbon Fiber)=気相法炭素繊維。以後、VGCF-Hも同義。
だが、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。
今回のUNSUNG LEADER(知られざるリーダー)は、開発を牽引してきた基礎化学品事業部 川崎事業所 開発部VGCF開発グループの八巻孝信。VGCFの開発の軌跡とこれからについて聞いた。
リチウムイオン電池の長寿命化を実現
八巻は2005年の入社以来、VGCFの開発と製造に携わり、2019年からは開発部門のグループリーダーとしてチームを率いている。VGCFは主にリチウムイオン電池の導電助剤として用いられている。太く剛直な炭素繊維であるのが特徴で、黒鉛化しているため導電性と熱伝導性に優れる。
リチウムイオン電池などの二次電池*はEVやスマートフォンなど身の回りで広く使われているが、充放電を繰り返すことで内部構造が徐々に崩れて劣化してゆく。しかし、導電助剤としてVGCFを添加すると、良好な導電パスが形成・維持される効果が得られ、電池長寿命化など電池特性が向上する。
※ 二次電池:充電して繰り返し使える電池のこと。リチウムイオン電池もその一種。一次電池(使い捨て電池)と区別される。
「以前はVGCFの主な用途は携帯電話などのリチウムイオン電池でした。現在は、EV向けのリチウムイオン電池に用いられており、市場拡大に伴いVGCFの需要も大きく伸びています。また、電池の寿命が延びることで、製品ライフサイクル全体でCO2排出量の削減が期待できます。カーボンニュートラルへの関心の高まりも、VGCFの需要を後押ししています」
先駆者だからこその苦悩
VGCF開発の歴史は、1982年にまでさかのぼる。当初の開発現場は、大町事業所(長野県)。その後、1990年に川崎事業所大川に開発を移管し、1996年に製造プラント稼働を開始した。
「VGCFの製造工程はノウハウの塊です。私たちが先駆者なので前例や他社の事例がありません。工程改善を行うにしても、簡単には解決策が得られない。開発当初のメンバーは苦労の連続だったと聞いています」
その後、顧客の需要に応えるため、プラントの生産能力増強や増設を行いながら、2011年には第3プラントを建設し、200トンに到達させた。しかし、3つ目のプラントを建設後、需要が一気に落ち込んだ。
「私が製造課に異動した2010年年代前半が最も底の時期でした。EVの普及が予想よりも遅かったんです。せっかく新しいプラントを建設しましたが、非常に辛い時期でした。今でもふとした時に思い出します」
2015年以降はEVの普及が本格化し、VGCFの需要は回復しはじめた。
2017年末に生産能力を300トンに。さらに2024年には、第4プラントを建設し、400トンに到達した。
製造現場の「神話」を疑って改善
需要の回復後、VGCFのプラントは順調に生産量を伸ばしていったが、主要設備が詰まるトラブルが続いた。定期点検のたびに状態確認を行って、調査・検証作業を続けた。原因究明のためにさまざまな仮説をたてても、なかなか結果には結びつかず、詰まりの真因を掴むまでに2年もかかった。
「主要設備が詰まる課題は、真因を掴むために相当苦労しましたが、ある製造課員が試行錯誤を繰り返し、諦めずに、なぜ詰まるのかを問いながら、一緒に現場を見続けてくれていました。現状把握を正確に行うことの大事さを痛感しました。一通り改善が完了した後に、点検を行っている業者の方から、『休みが計画的にとれるようになったよ。ありがとう。』と声をかけられたことが忘れられません。現場の方々にも、予定通りに運転できることを実感いただき、改善の手応えを感じましたね」
「現在も製造現場の改善を推進していますが、製造現場には大なり小なり『神話』があります。『この工程では空気を入れすぎてはいけない、空気を入れすぎると温度が急上昇するため、設備に損傷を与えてしまう』など、です。実際に検証してみると、ある温度範囲で制御でき、工程も改善できることが分かりました。技術や装置、材料などの改革を進めるうえで、先人たちが積み上げてきた知見を検証し、アップデートする必要が出てきています。現場の『神話』や『常識』に疑問を持ち、慣習にとらわれない柔軟な感性が必要だと感じています」
うれしかった若手の発言
EVシフトが加速し、顧客が求めるレベルも上がってきた。
2023年5月の定例ミーティングのことだった。この会は7~8人のメンバーを集めて「自由に発言をしていい」というのが決まりごと。
「かしこまったものではなく、雑談の場のような雰囲気を大切にしていました。開発の方向性やVGCFの強みについてざっくばらんに話しましょう、というコンセプトで、2ヶ月に1回くらいの頻度で語り合っていました」
その日、あるメンバーがこう言った。
「このまま同じ物性のものばかり作り続けていいんでしょうか?」
八巻は即座に「そうだよね」と返事をした。
「同じ課題を感じてくれていた。すごく嬉しかったですね。VGCFの将来をともに考えてくれる同志が増えてきたことを、ひしひしと感じています」
製造現場に根付く常識を覆す。若手が自分の意見を発言できる場をつくり、改善や改革の糸口を見つけ、VGCFの新たな未来を切り拓いていく。そう確信した瞬間でもあった。
次世代電池への対応で今後が決まる
VGCFは2026年に量産30周年を迎える。製品寿命の短い電池材料が多い中、30年もの間使われ続けているのは業界でも珍しい。
「先人たちが苦労して築いてくれたプラントがあるからこそ、今の姿があります。連綿と受け継がれてきた技術を検証し発展させて、次の世代にしっかりと引き継いでいくことが私たちのミッションです」
一方で、リチウムイオン電池の次世代電池にVGCFが採用されるかどうかが、今後の鍵を握る。さまざまな企業で次世代電池の開発プロジェクトが始まりつつある今、多様化する市場のニーズに対応できるよう、VGCFの新たな可能性を追求していくことが求められている。
「同じスペックで満足するのではなく、多様なニーズに対応できるような開発を行っていくこと。それが、私たちの次のチャレンジだと捉えています」
将来のVGCFを見据えた挑戦は、既に始まっている。
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