レゾナックナウ

次世代には引き継げへん。3K工程をなくした発想の原点。

2023年11月22日

長年続いてきた慣習を断ち切るのには、勇気がいる。

1971年に操業を開始したレゾナック龍野事業所(兵庫県たつの市)にも、20年以上にわたって続く慣習があった。化合物のにおいが立ち込める中、暑い日も、寒い日も、内部に入り、手作業で行う「反応釜」の洗浄だ。同事業所内では「3K(きつい、汚い、危険)工程」として問題視されていた。

今回のUNSUNG LEADER(知られざるリーダー)、製造部第二製造課の丸尾崇は、「安全はすべてに優先する。」という思いのもと、この「反応釜の洗浄工程」を根本から見直した。すべては、次世代を担う若者のためだった。

危険と隣り合わせの釜内洗浄

兵庫県の南西部、北は山地、南は瀬戸内海に面する兵庫県たつの市。レゾナック龍野事業所で、外壁の補修用シーラー、粘着ラベル、自動車の焼付塗料などに使用される「アクリル樹脂水溶液(コーガム)」を製造しているのが、丸尾が率いる製造部第二製造課(アミノ工場)だ。

アクリル樹脂水溶液(コーガム)

20年以上前から、アクリル樹脂水溶液を製造してきたアミノ工場には、悩みがあった。

「反応釜内部の洗浄」だ。

アクリル樹脂水溶液をつくるには、反応釜にさまざまな化学物質(原料)を入れて化学反応させる必要がある。その過程で、原料に含まれる樹脂が固形になり、一部が反応釜の内壁や底にこびりついてしまう。

「反応釜を8日間稼働させたら、9日目には必ず洗浄しないといけません。2日間かけて洗うのですが、うち1日は反応釜の中に、人が直接入って掃除しなければいけなかったんです。内部をヘラでこすったり、樹脂が固まっているところはカナヅチで叩いて落としたり。これが、すごく大変で」

反応釜の外観

反応釜洗浄は、まず溶剤で洗い流す。

しかし、除去しきれないため、釜の中に人が入り、高圧洗浄機やヘラやカナヅチを使って汚れを落としていた。

その工程が特につらかった。

上部の蓋を開け、大人1人がやっと通れるくらいの穴を通って反応釜の内部へ入っていく。底は丸くなっておりハシゴを下ろせないため、原料を混ぜる撹拌機の「ハネ」に足をかけて、慎重に下りていく。

人間より大きなハネが突然動き出すことを想像するとゾッとするが、もちろん、そのようなことは起こらない。作業時は手順に従って電源を落とし、2人体制で行っているからだ。

1人が反応釜の中に入っている間、もう1人は酸欠を防ぐため、送風機で空気を送り込む。

「手作業ですから、いくら頑張って汚れを落としても、どうしても残ってしまう。落としきれなかった樹脂には、次の反応をした際に汚れが付着しやすくなる。悪循環でした。」

釜の内部を確認する

付加価値を生まない仕事への違和感

丸尾がレゾナックに入社したのは、1996年。最初に配属された龍野事業所アミノ工場では、オペレーターとして14年間、製品の製造に従事した。その後、同事業所のエマルジョン工場を経て、2017年に主任として再びアミノ工場に戻ってきた。

役職に就いた現在も、自身を「製造マン」だと言う丸尾は、工場の製造革新、改善活動、設備投資案の立案といった業務と並行して、たびたび現場に入る。

そのようななか、ずっと疑問に思っていたのが、反応釜の洗浄だった。

「私たちは、何かをつくることで利益を上げています。なのに、付加価値を生まない反応釜内洗浄は、はっきり言って無駄だと思っていました。それまではずっと従来のやり方に従ってきましたが、私自身が思考停止していたとも言えますね。でも、自分が現場を監督する立場になったとき、『若い人にこの作業を引き継げるのか?』『どんなふうに教育したらいいのか?』と思ったんです。どれだけ丁寧な手順を用意したとしても、反応釜の中に入る以上、100%安全だとは言い切れません」

機能性化学品事業部 龍野事業所 製造部 第二製造課 丸尾崇

慣れない人が現場に入り、事故を起こすといった話は、時々ニュースでも耳にする。物理的にも、マンホールよりも狭い反応釜の穴を人が通るのは難しい。送風機で風を送ると言っても、夏場は熱中症のリスクもある。

丸尾は、新しく入社した若手に、反応釜の中を見せて、「中に入れるか?」「万が一、撹拌機が回ったとしたら、自分がどうなるか想像できる?」尋ねたことがある。若手社員からは「めちゃくちゃ怖いです」と答えが返ってきた。

大丈夫、こんなもん、絶対になくして二度と入らせへんから——。

丸尾は、そう声をかけたという。

「いままでの作業は何だったんだ……」

丸尾はこのときすでに、従来の常識を覆す“秘策”を胸に秘めていた。

2021年の12月、別の工場で反応釜の中に樹脂が固まる設備トラブルが起きた。樹脂をどう除去するか、事業所内で議論が起きた。

「そのときの私は『こんなに硬くなってしまった樹脂が、溶けるわけがないだろう』と思っていたのですが……」

ある溶剤を反応釜に投入して数日後、驚くことに、樹脂はすっかり溶けていた。

この出来事がヒントになった。

設備トラブルが起きた翌月の2022年1月から、丸尾はさっそく釜内洗浄の抜本改善に向けて動き始めた。

設備トラブルを起こした工場とアミノ工場とでは、製造している製品の成分に違いがある。そこで、まずはアミノ工場の汚れの性質や付着箇所、その度合いについて改めて調査した。そうしてわかった汚れの物性をもとに、別工場で樹脂を溶かすことができた溶剤を含め、6種類の洗浄溶剤を用意した。開発チームの助言をもとにテストをした。

「課長、私を含めて、5人のチームで推進していきました。製品の品質はもちろん、安全性も担保しなければいけません。溶剤は引火性物質なので、作業手順の作成と周知を徹底しました」

チームメンバーと。右から2人目が丸尾

実際の反応釜を使った試験では、テストで汚れ落ちに効果があった3種の溶剤を使用した。そこから、溶剤の安全性や、生産ラインを用いて投入できるかなどの扱いやすさなどの観点から、最適な溶剤を選定した。

「結論としては、きっかけとなった溶剤を採用することになりました。最終的に出た解を見ると単純な結果に思えますが、本当に使えるのか、安全なのか、製品に悪影響はないかなど、検証作業から実際に運用するまで、およそ1年かかりました」

こうして、同年の12月に、新しい洗浄工程が完成した。
洗浄時間はわずか2~3時間。すべての作業は釜の外から。釜内に入ることはもちろん、手で樹脂をこすりとる必要もなくなり、全工程を1人で行えるようになった。

みるみるうちに汚れが溶けていく様子を目にしたチームメンバーは「こんなに溶けるの?」「いままでの作業は何だったんだ……」と驚きを隠せなかったという。

「前任者からやり方を教わると、それが最適な方法だと思ってしまいがちです。実際、私も別工場の設備トラブルがなければ、発想の転換や、作業のブレークスルーは実現できなかったかもしれません」

安全で働きがいのある職場を目指して

従来の洗浄工程は、年間44日を洗浄に費やしていた。
これが、現在はたったの4日。つまり、この差の40日間は、反応釜を使って製品製造ができるようになったということだ。今回の改善で、年間150トンの生産能力が向上した計算になるという。

「付加価値の高い、新製品をつくっていきたい」

創出した生産能力を生かして、別の製品を製造することも具体的に検討できるようになった。すでに、社内の部署に打診し、半導体材料に使う材料を生産する話が進んでいる。こうした社内への“営業”も丸尾は買って出ている。

「世の中の製造現場の中には『根性でやれ』といった風潮がはびこっているところもありますが、根性って目に見えないし、そういう人力作業はとても無駄な面も多いと思います。そんなことはなるべくやめて、これからは付加価値を生み出すことに注力していきたい」

丸尾がめざすのは“モデル職場”をつくること。安全で働きがいのある職場があれば、生産活動は未来へと続いていく。だから、丸尾は、従来の常識の前で思考を止めない。彼の挑戦はこれからも続く。

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