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一番は「自分で考える」こと。慶應高野球部・森林監督と語る人材の育て方

2024年03月29日

「化学×〇〇」という形式で、レゾナックの経営陣と異業界の第一人者が語り合う「Resonac Dialogue(レゾナック ダイアログ)」。

第1回目は、「化学×野球」をテーマに、野球好きの CEO髙橋と2023年夏の第105回全国高校野球選手権記念大会で優勝した慶應義塾高校野球部監督・森林貴彦氏との対談。

「”楽しむ”とは、”楽”をすることではない」と考える二人は、自律型人材をどう育てるのか?

たかが髪形、されど髪形

髙橋:時間が経ってしまいましたが、あらためて甲子園優勝おめでとうございます。

森林:ありがとうございます。

髙橋:決勝の日は、慶應出身の役員と一緒にスマホで試合状況をチェックしていました。優勝して、周囲に変化はありましたか。

森林:数年前から、「うちが優勝したら高校野球が変わるぞ」と言い続けてきました。実際、私たちの優勝は高校野球界に一石というか、結構大きい岩を投げ込んで、波紋が広がっている状況かなと思います。

髙橋:森林さんにすごく共感するのは、常識や前例にとらわれないこと。慶應の選手たちは丸刈りではなかったですよね。“たかが髪形、されど髪形”と言いますが、無思慮に前例踏襲してはいけない。僕は社長就任の最初の挨拶で、「今日からうちの会社は服装カジュアルです」って方針転換したんです。

一番のテーマは「自分で考える」こと

森林:“たかが服装、されど服装”。どうして方針転換を。

髙橋:日本の古臭い大企業を揶揄するネットスラングに、JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)があります。上意下達で、思ったことを言えない空気があるなど、古い慣習が根強く残っている会社のことです。

上司にモノを言えない文化の中に数年いるうちに、社員の目が死んでしまう。私は社員の可能性を解放したい。だから、徹底的に文化を変えなければならないと強く思っています。

森林:高校野球界も似ているところがありますね。

髙橋:古い慣習に従わなくても、良い結果は出せる。森林さんが「うちが優勝したら高校野球が変わる」って言うのと同じで、私も大事なのは服装ではないと。レゾナックが企業価値の最大化を達成すれば、昔の文化を引きずっているような日本の企業社会に一石を投じられるんじゃないかと思っています。そういう振る舞いが業界内では“異端”とも言われるのですが。

森林:僕も “異端”だと言われることもありますが、注目を集めても結果を残さなければ何も変えられませんからね。

髙橋:森林さんが選手を指導するときに大事にしていることはなんですか。

森林:一番のテーマは、“自分で考える”です。「自分で考えながらプレーしよう」と選手たちに伝えています。

髙橋:そうですよね。僕は新入社員に「終身雇用は保証しない」と言います。「そのかわり、君たちをどこに行っても通用する人材に育てる。うちの会社を道場だと思ってほしい」と。それは、“自律した人材”になってほしいからです。

業界に対する危機感

森林:私は高校野球のことを半分は好きですが、半分は嫌いです。

髙橋:嫌い?

森林:嫌いというか、このままじゃだめだと思っていて。大人のためのエンターテインメントになっている面が大きすぎる。もっと高校生たちの先の人生について真剣に考えないと、高校野球自体が衰退してしまいます。

髙橋:確かに、高校生が甲子園に出場して燃え尽きてしまったらもったいないですよね。

森林:いまの高校野球は言ってみれば、タイタニック号に乗っているようなもの。船内のポーカーゲームで勝った負けたと騒いでいますが、船自体は沈もうとしているんだぞ、と。でも、そこに気づいていない人が多い。

髙橋:日本企業でも同じです。グローバル競争の中で沈んでしまわないように、「社員が何年経っても目をキラキラ輝かせ続ける会社にしないと」という使命感を持っています。

「心理的安全性」を確保する環境をつくる

髙橋:約8年前に役員としてレゾナック(当時は昭和電工)に入りましたが、人事制度は一切触れさせてもらえませんでした。まさに伏魔殿(笑)。だから僕は社長になって、人材育成に全てをかけています。事業ポートフォリオや戦略は人に任せられても、ここだけは社長が根性入れてやらないと絶対変わりませんから。

森林:どんな取り組みを?

髙橋:心理的安全性の確保を重視しています。なんでも言いやすい環境や人間関係をつくるということです。2023年は約80拠点を回って、社員の皆さんと“モヤモヤ会議”とタウンホールミーティングを実施しました。

森林:モヤモヤ会議って何ですか。

髙橋:「モヤモヤ会議」は、僕や現場責任者がいる前で、社員が抱えている悩みとか、そういう「モヤモヤ」を出してもらい、バリューにそって解決していく場です。現場責任者にはその場で「イエス・ノー・ちょっと考えさせて」の3つから返答してもらうんです。

若手は必ずモヤモヤしていることがあります。ただ、その解決自体が目的ではなく、そのモヤモヤを使ってバリューとは何かを考えてもらうこと、若手の声を経営に届ける機会になることを目指しています。

森林:心理的安全性を確保した状況で、きちんと発言できる場所を設けるのはいいですね。

髙橋:はい。参加した若手社員が「小さなことでも思っていることは発言していいんですね」と言うんです。つまり、普段は言いづらい雰囲気があって、それはまさしく心理的安全性が確保されていないということ。これではいけない。

次も提案したくなるためにすべきこと

森林:提案した後に“言ってよかった”と思うか、“言わなきゃよかった”と思うかは大違いです。僕も練習方法について選手から提案を受けることがありますが、いったんは「提案してくれてありがとう」と受け止めます。そうしないと、選手は「もう監督に提案するのはやめよう」と思ってしまうから。

髙橋:提案した側は気になりますよね。

森林:選手からの提案には1〜2日後には答えるようにしています。提案を断る場合も、安全面や予算面で難しい、などと理由をはっきり伝える。選手たちが次も提案したくなるように、注意しています。

任せて、信じて、待って…

髙橋:人を成長させるには、任せることも大事ですよね。

森林:キャプテンに「自分の思った通りやっていいよ」と任せたりすることもあります。

髙橋:選手に裁量を持たせ、自律性を促しているんですね。

森林:「任せて信じて待って許す」が信条です。待った後にだいたい裏切られるんですが(笑)。

髙橋:まだ高校生ですから(笑)。でも責任があるからこそ、やりがいも生まれますよね。

森林:1人1人のやりがいを、どう最大化できるかが監督の手腕になるのかなと思います。

チームの価値観を継承するために

髙橋:優勝して、次の目標はありますか?

森林:いや、長期的な目標は設定しづらくて……。

髙橋:どうしてですか。

森林:高校野球は2年半サイクル。ようやくチームで価値観を共有できるようになったころに3年生がチームを去る。そしてまた1・2年生たちとの意思疎通から始まります。

髙橋:振り出しに戻ってしまうんですね。

森林:甲子園で優勝した1か月後に1・2年生のチームが出場する秋大会が控えていたので、帰り道には次の日からの練習メニューを考えていました。

髙橋:それはしんどい……。企業なら、3年後、5年後という視点が持てますから。有力な人材が来年には全員いなくなりますって言われたら結構ドキドキしちゃいます。

森林:戦力だけを考えれば、3年生だけのメンバーにした方がいい。でも1、2年生もチームに入れて経験を積んでもらう。次の世代に価値観を継承していってほしいからです。

人の組み合わせは「アート」

髙橋:高校の1年生と3年生なんてかなり差がある。違う学年の選手を上手く混ぜるコツはありますか?

森林:チーム作りって、アートだと感じます。スポーツ指導はかなり科学的になってきましたが、人の組み合わせは経験からくる感性と言いますか、アートな部分が大きいと思います。

髙橋:同感です。僕も人の組み合わせは完全にアートだと思う。僕も自ら採用の面接をするときがありますが、履歴書と1回の面接で決めなきゃいけない。最終的には、会った時のインスピレーションですよね。しかし、いざチームを作ってみると、予想と違うこともいっぱいあります。

森林:正直、「あれ、なんでこうなっちゃう?」みたいなことばっかりですよね(笑)

「働いていて楽しい会社」と「エンジョイ・ベースボール」の共通点

髙橋:ひとつ聞きたいことがあって。僕は「働いていて楽しい会社」をめざすと言っているのですが、森林さんの「エンジョイ・ベースボール」はなにをめざしていますか?

森林:直訳すれば“楽しい野球”だから、「勝っても負けても、ニコニコと野球をしているんでしょ」と言われることもありますが、それは違います。高校野球は、やっぱりチャンピオンをめざすスポーツなので、目標に向けて成長しながら、よりレベルの高い野球を楽しもうということです。

髙橋:よくわかります。企業も野球も根底には健全な競争環境があります。社員から「心理的安全性の確保をすれば仲良しクラブになる」と言われますが、なんでも話し合える環境と、結果を出す責任の両方がなければ会社は成長しない。適度な緊張感を持ちつつ、価値観を共有して、変革をやりきる人材が自律的に働く会社を目指しています。

森林:僕らは去年、前年優勝の仙台育英高校と大観衆の中で野球をするという究極のエンジョイ・ベースボールを体験できました。今後も、またそんな経験ができるようにがんばっていきます。

人材育成って怖い

髙橋:僕は人材育成ってスキルを育てることじゃなくて、マインドセットだと思っています。具体的なスキルは自分で勉強したらいい。育てたいのは心根です。

森林:1人1人に手取り足取り「こうやれ」と指導するティーチングと、育ちやすい環境を整えるコーチングの2つに分けると、僕の仕事はコーチングのほうが大きい。教えるほど選手の自主性を奪って成長の邪魔をしてしまうかもしれないと思うときがあります。

髙橋:可能性の芽を積んでしまうということですね。

森林:はい。一歩間違えると、監督の考えを押し付けてしまうリスクがある。指導するときは慎重になります。そういう経験が自分を監督として成長させていくのかなと思います。

自分自身の成長も忘れてはいけない

髙橋:人は何歳になっても成長できますからね。僕も定期的に「僕って成長してる?」と周りに聞くようにしています。

森林:(笑)変化はありますか?

髙橋:人の見方がずいぶん変わったと言われるようになりました。言われて気づいたのですが、最近は“人をどう育てるか”“ポテンシャルをどうやって発揮させるか”という会話が多くなりました。

森林:見習いたいです。

髙橋:僕の成長の源泉は従業員と対話すること。パーパス・バリューの浸透のために全国の拠点を訪ねる中で、いろんな声を聞いて、それをどんどん吸収することで成長させてもらっているんだと思います。

森林:私の場合は「高校野球が嫌いだから変えたい」が成長の源泉かもしれません。自分の向上心にさらに火をつけるというか、勢いを増すように自分で仕掛けていきたいです。今日は髙橋さんとお話しできて良い刺激になりました。

異端者だからできる変革を

髙橋:こちらこそ。僕はこの対談が決まってから、この日を楽しみにしていました。実際に森林さんとお話をして、企業と高校野球の違いこそあれ、同じような思いを持っていたことに気づいて、たいへん励みになりました。森林さんには、高校野球の変革を広げていっていただきたいと思います。

森林:異端を自認して、世間の風当たりが強い中でも役割を貫いていることにすごく勇気づけられました。お互いに結果を出して、もっと異端児として取り上げられましょう。そしたら、周りも変わっていいんだと思えるかもしれない。活躍をまた拝見したいと思っています。

髙橋:慶應義塾高校野球部のように、自律した若者がどんどん社会に出ていけば日本はもっと良くなるはずです。僕はそういう人たちの芽を摘まない世の中にしたい。だからまず、レゾナックから変えていこうと思っています。引き続き交流させていただければと思います。

森林貴彦

慶應義塾高校野球部監督。慶應義塾幼稚舎教諭。
1973年生まれ。慶應義塾大学卒。NTT勤務を経て、筑波大学大学院で学び直し、慶應義塾幼稚舎教員に。2015年8月から慶應義塾高校野球部監督。2023年夏の甲子園で107年ぶりの優勝を果たす。

髙橋秀仁

レゾナック・ホールディングス代表取締役社長兼CEO。
1962年生まれ。東京大学卒業後、三菱銀行に入行。2002年に日本GE入社。その後、外資系会社を経て、2015年10月に昭和電工(現・レゾナック・ホールディングス)に入社。代表取締役常務執行役員として日立化成買収に携わり、レゾナック発足後、現職。

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