レゾナックナウ

“面倒くさい”こそ参入障壁。日本半導体の勝ち筋はどこだ?

2024年01月29日

半導体は競争戦略の最高の題材だ

2023-12-15 NewsPicks Brand Design

世界的な半導体不足、半導体メーカーTSMCの工場誘致、AI向け米半導体大手のNVIDIAへの脚光……。
ここ数年、「半導体」に関する話題が増えるなか、決まって言及されるのが日本の半導体産業の凋落についてだろう。たしかに1980年代に世界シェア5割超を誇り、かつて栄華を誇った日本半導体は、現在は1割程度まで落ち込んでしまったと言われる。

そんななか、「かつて日本の半導体は世界を席巻したと一括りにまとめられるが、そこには誤解を生んでいる側面もある」と指摘するのが、競争戦略の視点から半導体産業の変遷を見てきた一橋ビジネススクール教授 楠木建氏だ。

世界中で半導体の覇権争いも繰り広げられるなか、いま私たちは半導体産業の現状や勝ち筋をどのように認識するべきか。楠木氏と、日本半導体のダークホースとして期待される後工程材料世界シェアNO.1企業レゾナック・ホールディングス最高戦略責任者(CSO) の真岡朋光氏が語り合った。

「競争戦略」から読み解く半導体

──現代の必須教養とも言われる半導体。そもそも楠木さんは、なぜ以前から半導体への関心が高かったのでしょうか。

楠木:私は半導体の技術については素人ですが、非常にユニークな研究対象として業界の動きに注目してきました。 まず何しろ「産業としての重要性」が極めて高い。現在、人間社会のありとあらゆる場面で技術が駆動されていますが、その裏側には半導体の存在があることを私たちはもっと認識すべきでしょう。 そもそも技術の本質とは何か。私は、「人間の技能を外部化すること」だと理解しています。

古くは蒸気機関の発明により、人間が炭鉱や工場で重労働を担う必要がなくなりました。現在はChatGPTをはじめAIの台頭により、知的労働の一部を任せることができるようになった。

このようにいつの時代も技術とは、人間が行っていた仕事が外部化されることを意味します。
そして現代は、この外部化機能の多くを半導体が担っている。AIの急速な発展を支えているのも半導体です。技術とは何かを突き詰めれば、自然に半導体に着目する必要が出てきたわけです。

 

一橋ビジネススクール教授 楠木建

1964年東京生まれ。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋ビジネススクール教授などを経て、2023年から現職。専門は競争戦略。主著に『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)など。

──ご自身が専門とする「競争戦略」の視点からは、どのように見ていますか。

楠木:競争戦略を考えるうえで、半導体業界は良い題材になります。産業としての「規模の大きさ」と「構造の複雑さ」がその大きな理由です。
半導体の世界は、多種多様なプレイヤーで構成されます。機能別に見ると、開発・設計に特化した「ファブレス」や製造技術・生産に特化した「ファウンドリ」と呼ばれるデバイスメーカー、また製造装置、材料メーカーなどがある。 時間軸で見ると、半導体製造の「前工程」を担うプレイヤーもいれば、「後工程」で重要な役割を担うプレイヤーもいます。

半導体のサプライチェーン図

この複雑なシステムのなかで、各企業がどこにポジションを取り、競合とは異なる持続的な差別化要因を作り出していくか。競争戦略論の基本的な問いを突き詰めるのに、半導体業界の「内部構造」はまさにうってつけです。
加えて競争戦略を考えるには、半導体を取り巻く「外部構造」も考慮しなければいけない。半導体はBtoB商材であり、何らかの製品に組み込まれて初めて意味を持ちます。

よって半導体業界の外にいる顧客に対し、営業やマーケティングを通じて「自社製品を使うとどのような課題解決が可能になるか」を発信する力が求められる。
業界内部で優位性を保ちつつ、業界外部ともうまく折り合いをつける。この二つを両立しないと成功しないビジネスであることも、私にとって興味深い点です。

──真岡さんは、コンサルティングの世界から半導体業界に転身されています。なぜ半導体に興味を持ったのですか。

真岡:そもそものきっかけは、コンサル会社に在籍していた2000年代初頭当時、中国に駐在した機会があったことです。
はじめて見る中国は広大な土地と豊富な資源を持ち、何より優秀な人材が揃っていた。これだけのリソースを持つ国が隣にある状況で、日本は今後いかにして「国富」を生み出していけばいいのかと考えざるを得ませんでした。

当時は、日本経済の停滞が誰の目にも明らかになりつつあった時期です。国内の案件は赤字事業からの撤退や投資戦略の失敗を見直すといった、どちらかといえば後ろ向きのテーマが中心でした。

レゾナック・ホールディングス最高戦略責任者(CSO)真岡朋光

東京大学大学院工学系研究科修了。A.T. カーニーを経て、インフィニオンテクノロジーズへ入社。事業戦略、ビジネスモデル変革等に従事後、2011年にレノボ・ジャパンへ入社。NECとのPC事業統合プログラムを統括。2013年ルネサスエレクトロニクスに入社。同社執行役員として、経営企画、中国事業統括等に携わる。2021年10月に昭和電工へ入社し、2022年1月より現職。

そんななか、資源も土地も限られる日本がこれから世界でどう戦うのかを考えると、「『知』の集積」を強みにするしかない。

そこで人間の知の集積点としてテクノロジー領域にシフトしたいと考え、縁あって外資系半導体メーカーに転職することになりました。これが半導体とのはじめの出会いです。

──その後、PCメーカーや半導体デバイスメーカーを経て、2021年に半導体材料メーカーのレゾナック(旧:昭和電工)に参画しました。

真岡:2015年から20年にかけて、世界では米国を中心に半導体デバイスメーカーの合従連衡が一気に進みました。

ところが材料や製造装置などの周辺領域に大きな変化はなかった。半導体産業は多種多様なプレイヤーが縦横無尽に絡み合うエコシステムなので、どこか一部のシステムが変われば、他のシステムにも波及するはずです。
もし周辺領域のプレイヤーがこのまま動かず、比較的小規模な企業がバラバラと存在し続けようとすれば、いつかエコシステムに歪みが生じるのではないか。

そんな違和感を抱いていた時、昭和電工が日立化成を買収するニュースが飛び込んできて、「いよいよ動き出したな」と直感したのです。
その後、現在CEOを務める髙橋秀仁と会う機会があり、「世界で戦える強い経営チームを作りたい」との熱い思いを聞いて、参画を決めました。

新生レゾナック誕生

日本半導体復権のカギを握る「材料」

──1990年代以降、日本の半導体産業は衰退したという見方が一般的です。お二人はその現状と課題をどのように捉えていますか。

楠木:かつて日本の半導体は世界を席巻したと言われますが、それは全面的に日本が強かったというよりは、実際はある一つの領域。単純にメモリの分野が強かっただけになります。
データを保存するメモリは半導体の一分野に過ぎず、当時はたまたま産業全体に占めるメモリの割合が高かった。そのため相対的に日本の半導体企業が強かったように思えるだけです。

真岡:おっしゃる通りですね。たしかにメモリや情報の処理・制御をするロジック半導体などでは日本企業のシェアが低下しているのは事実です。
一方で、他の領域に目を向けてみると、実は半導体をつくる過程に必要な「材料」や「製造装置」は高いシェアを維持しています。

特に材料分野は、48%(2位は台湾16%)と圧倒的なシェアを誇るなど、日本にも世界で戦えるだけの強い技術を持った領域が十分にあります。

圧倒的シェアを誇る「材料」主要半導体素材各国シェア

出典:経済産業省「半導体戦略(改定版)新規ウィンドウで開く

楠木:そもそも半導体産業と一口に言っても、領域によって性質も大きく異なりますよね。
たとえばCPU(中央演算処理装置)を生み出したインテルのように、画期的な最終製品を設計・製造するプレイヤーは、「天才」と「運」がカギを握ります。
才能ある設計者がいて、そのアイデアを必要とする外部ニーズが運良く見つかれば、ビジネスとして大きく一発当てられる。

生産機能に特化したファウンドリは、とにかく「投資力」が勝負。最先端技術を常にキャッチアップできるだけの豊富な資金と規模が武器です。

それに対し、材料や製造装置は「総力戦」の領域という印象です。個人の発想や運に依存するのでもなく、投資さえすればいいわけでもない。

時間をかけて技術を磨きながら、環境変化に応じて試行錯誤と改善を重ね、顧客が必要とする機能を満たす素材や部材を提供する。半導体業界のなかで最も「実業」という言葉がぴったりくる世界という気がします。

真岡:的を得た分析だと思います。たしかに材料は、それ単独では製品になり得ない。

ですから私たち材料メーカーは、最終製品を開発する半導体メーカーのお客様や、材料を加工する製造装置メーカーなど、さまざまプレイヤーとすり合わせを繰り返しながら、まさに総力戦で仕事を進めます。

──日本の材料がここまで高いシェアを誇れていることと、総力戦を特徴とすることは何か関連性があるのでしょうか。

真岡:大いにあります。複雑なエコシステムのなかでのすり合わせは、言ってみれば「面倒くさい作業」です。しかし、それが実は参入障壁を生む要因となっています。

半導体の製造過程で材料メーカーがすり合わせを行うポイントは多岐にわたります。
半導体メーカーが求めるスペックを実現するには、熱伝導性や電気を絶縁する性質などさまざまな特性を両立させなければいけません。「Aの性能を上げるとBの性能が下がる」といったトレードオフの関係になることも多く、非常に細かなすり合わせが必要になります。

さらには実際の運用時に問題が起きないか。他の材料と接地した際に予期せぬ化学変化を起こさないかなど、数えきれないほどの“すり合わせポイント”が存在するなかで最適解を探さなければいけない。

これほど高度なスキルを必要とし、複雑なプロセスを経て作り上げたものを分解し、分析・再現するのは至難の業です。よって新しいプレイヤーが、先行する材料メーカーと同じビジネスモデルを構築するのは容易ではありません。

──材料単体では製品にならないからこそ、常に市場や顧客が求めるニーズに応え続けた結果、後発の企業が真似できない技術が蓄積されたわけですね。。

楠木:材料や素材を扱う事業の大きな特徴は、時代とともに新しい用途と需要を作り続けてきたことです。
おそらく50年前に昭和電工や日立化成で働いていた人たちは、50年後に自分の会社がどんな顧客にどんな材料を提供することになるか、全く想像がつかなかったはずです。

これが自動車業界なら「技術そのものは進化するだろうが、50年後や100年後もこの会社は車を作っているだろう」と想像がつくと思うんですね。

完成品である自動車とは違い、材料は新しい用途に対して技術で問題解決することで需要を作り続けてきた。半導体という用途と需要も、積み重ねてきた長い歴史の連続性のなかで生まれたのでしょう。

真岡:おっしゃる通りだと思います。将来的に市場のニーズやトレンドが変われば、私たちが作る材料の用途も変遷していく可能性は当然ある。

その出口には、今後半導体以外にも新たな可能性があるとも考えています。プロセスのなかで練り上げた技術力を武器に、柔軟に新たな需要を生み出すことができるのも材料メーカーの強みだと自負しています。

実際、TSMCや米国から、私たちを含めた日本の材料メーカーとの連携を望む声も増えており、いま日本の材料に大きな期待が寄せられているのも実感しているところです。

共創力で「後工程グローバルNo.1」へ

──今後、後工程材料世界シェアNo.1を誇るレゾナックはどのような競争戦略を描いていますか。

真岡:材料がイノベーションのカギを握る時代に突入したいま、お客様がその用途を定義してくれるのをただ待つだけではいけない。

私たち自ら「何が付加価値になるのか?」を考え、新たな需要を作り出すことが求められます。それを実現するキーワードが「共創」です。

そのための拠点として2019年に開設したのが、最先端の試作ラインを備えた後工程技術の研究施設である「パッケージングソリューションセンター」(神奈川県川崎市)です。

半導体パッケージのオープン開発拠点「パッケージングソリューションセンター」(新川崎)。最先端の半導体製造装置を揃えており、実際の組み立て工程の再現や試作をしながら議論することができる(画像提供:レゾナック)

この施設が果たす重要な役割は、共創によるオープンイノベーションの推進です。
ここで先端材料を組み合わせ、一気通貫で試作評価を行いながら、お客様と弊社の技術者が直接対話できる場となっています。

またパッケージングソリューションセンターを活用し、他の材料メーカーや製造装置メーカーと共創コンソーシアム「JOINT2」も立ち上げました。各社を巻き込んで次世代半導体パッケージの技術開発を加速させるのが目的です。

楠木:いかに顧客接点を創出するかは重要ですね。参入障壁が高い材料は守りに強い業界でしたが、これからは攻めも強化しないと事業として成長できない。

自社が生み出す付加価値の高さを顧客に訴求し、「レゾナックの材料がなければ半導体製品を作れない」と思わせれば競合との戦いで優位に立てます。

真岡:パッケージングソリューションセンターとJOINT2の活動は、まさに攻めを強化する取り組みであり、レゾナックが生み出す新たな参入障壁になると考えています。

弊社は世界シェアで1位や2位を占めるパッケージング用の半導体材料を多く有します。もし競合他社が弊社と同様の活動を始めようとしても、強い材料が1つや2つあっただけでは、パッケージ全体を議論するのは難しい。

AIをはじめ急速に高度化・複雑化する技術革新に対応した先端技術を創出するには、高機能な材料同士を組み合わせて試作や検証を行うことが必須です。

それらを実現するためにも、分子設計など材料開発に強みを持つ昭和電工と、製品化を得意とする日立化成との統合には大きな意味がありました。川上から川下まで半導体材料分野を幅広くカバーできるため、社内でのすり合わせや最適化もしやすいからです。

これらは次世代半導体開発におけるイノベーションを目指すうえで究極の競争優位性になると確信しています。

楠木:日本企業の経営は存続が目的になりがちで、半導体に限らずどの業界でもなかなか新陳代謝が進まない傾向がある。企業とは本来、事業を動かすためのシステムに過ぎず、独立した企業として生きながらえることに固執しても意味はありません。

合併や買収による相乗効果で自社の競争優位性が一層高まるのであれば、攻めのM&Aを推進してグローバルで勝負できる経営を目指すべき。昭和電工と日立化成という長い歴史を持つ二つの会社が統合し、レゾナックは日本企業が攻めの経営に転じた象徴的な事例です。

今後も半導体の材料技術で世界をリードし、日本半導体の復権を担うプレイヤーとしてその挑戦を応援しています。

真岡:ありがとうございます。今後も私たちが半導体後工程材料領域で世界を牽引するためにも、お客様やパートナー企業のみなさまと共創を加速していきます。ぜひ新生レゾナックの挑戦にご期待ください。

 

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黒田氏と真岡氏も出演。半導体の勝ち筋を徹底討論した「The UPDATE」。
動画視聴はこちら(クリックで動画ルームに遷移します)

執筆:塚⽥有⾹
デザイン:吉⼭理沙
撮影:⼩林 由喜伸
編集:君和⽥ 郁弥
NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。
2023-12-15 NewsPicks Brand Design

※2023年12月15日公開。所属・役職名等は取材当時のものです。

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