【大改革】日本半導体のダークホース、レゾナックとは何者か?
2024年02月29日

2023-12-25 NewsPicks Brand Design
日本のモノづくりで世界と戦いたい──。そんな思いを胸にキャリアを歩み、いま世界に大勝負を挑もうとする一人の男がいる。
レゾナックCEO、髙橋秀仁氏だ。
新卒入社した銀行での海外経験以降、日本の技術で世界と戦いたいという野望を持ち、GEをはじめ3社の外資系メーカーで自身の経営能力を鍛える経験を積んだ。

そして髙橋氏がキャリアの集大成、夢を叶える舞台として選んだのが、レゾナック・ホールディングス(旧昭和電工)だ。
「1兆円買収」の大改革を進め、“半導体材料”に選択と集中をするポートフォリオ経営に舵を切るなど、一躍話題になったこの男。
半導体後工程材料領域で世界No.1のシェアを誇るレゾナックを舞台に、どのように世界と戦おうとしているのか。髙橋氏に、半導体材料に見出した勝機や改革の道のり、経営への思いまで余すことなく語ってもらった。
圧倒的に強い「半導体材料」
──2023年1月、「昭和電工」と「昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)」の統合により誕生したレゾナック。なぜ統合を機に、「半導体材料」領域に経営資源を集中投資する決断をしたのでしょうか。
髙橋:半導体材料に勝機を見出す理由は、大きく3つあります。まず1つが、半導体が市場として伸びるのは明白であることです。
生成AIや自動運転などの分野が市場の成長を牽引するとされ、2030年の世界の半導体市場は、2021年(5,560億ドル)の1.8倍の1兆ドルまで拡大すると言われている。半導体が成長領域であることは、世界共通の認識にもなっています。
2つ目に、半導体材料は「日本が圧倒的に強い」領域だからです。
そもそも日本の半導体と聞くと暗い印象を抱く人もいるかもしれませんが、実は半導体製造プロセスにおける「材料」は、いまでも日本勢が世界を牽引する領域です。

出典:経済産業省「半導体戦略(改定版)」
日本の材料がここまで圧倒的なシェアを有している理由には、私なりの仮説があります。それは、マーケットが細分化されているうえに「面倒くさい」からです。
──面倒くさい、ですか。
そもそも半導体の製造は、ウェハーに回路を書き込む「前工程」と、半導体チップをパッケージングする「後工程」に分かれます。

この後工程だけでも10〜15種類ほどの材料があり、それぞれの市場規模は1,000億円もない程度です。仮に1つ開発できたとしても、全てに応用できる技術なわけでもありません。
さらに半導体材料の開発には、反復した実験が必要です。この単純な実験を繰り返すことは非常に手間がかかる作業ですし、欧米や中国は思考様式的に得意じゃない。日本人の真面目な国民性が力を発揮しやすい領域です。
資本による大量生産かつ低コストの戦いだと日本は勝てませんが、複雑な仕様のすり合わせと高い技術力が必要な材料領域において日本のメーカーは高い参入障壁を築いているといえます。
材料は複雑なすり合わせと高い技術力が必要であり、とても一朝一夕で参入できる領域ではありません。もちろんこの領域は海外勢も追い上げを狙っているため、開発競争で負けないよう投資を緩めない必要があります。

そして3つ目に、「後工程」への注目も大きな追い風です。
これまで半導体の性能向上は、前工程の微細化が支えてきました。しかし現在、前工程の微細化から、後工程への技術投資が加速しています。
私たちは後工程材料でNo.1のシェアを誇りますが、この追い風も味方に変革を推し進め、世界と戦いたいと考えています。
「選択と集中」のポートフォリオ改革
──昭和電工に入社以降、これまでも大胆なポートフォリオ改革に取り組まれてきました。どのような課題意識から変革を推進してきたのでしょうか。
私が2015年に昭和電工に入社してまず感じたのは、優秀な技術者や若い人たちの目が輝いていたということです。私は、この会社を世界で勝てる企業に変革したいと改めて強く思いました。
一方で、ポートフォリオには大きな課題がありました。
当時は13の事業部があり、数多くの異なる事業を抱えていました。しかしその全体をよく見ると、収益性が低く、安定性も欠けている。そして最大の問題は「成長事業」を持っていなかったことです。

そこで将来的には経営が行き詰まるだろうという危機感や世界で戦えるモノづくり企業をつくりたいという思いから、ポートフォリオ改革に踏み切りました。
まず着手したのが、黒鉛電極※1の事業です。この事業、実は上位5社が世界シェア7〜8割を占める寡占状態にもかかわらず、5社とも赤字でした。
※1 鉄スクラップを溶解し鋼を生産する電気製鋼炉の電極として使用されている部材。
じゃあ、もう売るか買うかしかないわけです。結果として、買収した直後に市況が好転して、巨額の利益を生むことになりました。

その結果、財務状況も改善されました。そうなると次の課題は「成長事業」の獲得です。
そんななか耳に入ってきたのが、研磨材などの半導体後工程材料で高いシェアを持つ日立化成売却の話でした。
私は「やること、やり方、やる人を変えずに、今日より明日が良くなることはない」と考えていますが、統合によりこの3つを一気に変えられそうだったこと。また両社の事業に強いシナジーが見込めたことから、2019年に日立化成を買収しました。
その後は9つの事業売却を行うなどして、半導体材料分野に「選択と集中」をするポートフォリオ改革を断行しました。
2030年には、売上高全体の約半分を半導体材料事業が占めるポートフォリオを描いています。半導体材料を成長事業と捉え、経営資源の集中投資を加速していきます。

一方で、半導体産業には「シリコンサイクル」と呼ばれる好不況の需要の波があります。サイクルが好調なときの需要に備えるには、悪い局面でも投資を継続する必要があります。
ここで市況に振り回されずに、投資をやり遂げられるかどうかが経営者の手腕の見せ所です。

2023年の半導体市場は冷え込みましたが、当然研究開発への投資の手を緩めることはありませんでした。逆に次の好況を見据え、より一層開発投資に注力しています。
共創の仕掛けとなる研究開発拠点
──具体的にどのような研究開発投資を進めているのでしょうか。
そもそもレゾナックは後工程における主要材料10~15種類のうち、世界シェアを占める材料を数多く保有しています。これほどのラインナップを持っているのは、世界でも弊社だけです。

そこで“材料の種類の豊富さ”という強みを活かして、「パッケージングソリューションセンター」という施設を展開しています。
ここでは半導体の製造ラインを再現できるよう一連の装置を揃えています。弊社や他社の材料などを組み合わせたり、新たなプロセスを模索したりなど、国内外さまざまな企業の対話が生まれるオープンイノベーション拠点になっています。

半導体パッケージのオープン開発拠点「パッケージングソリューションセンター」(新川崎)。最先端の半導体製造装置を揃えており、実際の組み立て工程の再現や試作をしながら議論することができる(画像提供:レゾナック)
加えて、競合他社も巻き込んだ共創コンソーシアム「JOINT2」も立ち上げるなど、共創を通じた研究開発を加速させています。
またもう一つ経営資源の集中という意味でわかりやすい例としては、計算科学を用いた原子・分子レベルのシミュレーションなどを通し全社の研究開発の推進を行う「計算情報科学研究センター」という組織があります。

オープンイノベーション拠点「共創の舞台」(横浜市)。「計算情報科学研究センター」をはじめ、「先端融合研究所」や「高分子研究所」などさまざまな研究開発組織が集う(画像提供:レゾナック)
ここは私が入社した2015年頃はまだ5、6人のチームでしたが、それがいまは約70名の組織になっています。
そこで2022年に社長になったタイミングで、この研究組織の7、8割のリソースを半導体領域にシフトするよう指示しました。
AIによるシミュレーション技術が進化すれば、半導体材料の研究開発の速度は大幅に向上する。これが実現できると業界でのゲームチェンジャーになる可能性を秘めており、競争優位性につながると確信したからです。

近い将来にはこの組織を100人規模にまで大きくすることで、半導体事業の成長を牽引してもらいたいと考えています。
1に「従業員」、2に「顧客」
──こうした変革を推進するうえで、大切にしていることは何でしょうか。
競争力の源泉となるのは、何よりも「人」にあるということです。これは決して綺麗事を言いたいわけではありません
戦略はコモディティであり、それをやり切る「人材」がいるかどうかが最大の差別化要因になると考えています。
変革に必要なのは、トップダウンによる派手な施策などではない。一人ひとりがそれぞれの現場で現状を少しずつ変えていく地道な努力が必要です。
だからCEOとしての時間の使い方の優先順位は、1番に「従業員」、2番に「お客さま」だと公言しています。それくらい「文化醸成」と「人材育成」には、覚悟を持って取り組んでいます

実際、社長に就任した2022年は国内外の拠点70ヵ所を回り、「タウンホールミーティング(経営陣と従業員の対話型会議)」は61回、「ラウンドテーブル(部署や立場に関係なく自由に意見交換を行う会議)」は110回実施しました。
23年も同じペースで現場との対話を積み重ね、のべ81か所をまわりました。直接話した社員の数は2000人近くなります。本音で社員と語り合い、価値観を共有する時間をとても大切にしています。

タウンホールミーティング風景(画像提供:レゾナック)
文化の醸成には10年はかかると思っているので、こうした一つひとつの地道な活動が必要です。社長が現場を歩かずにポートフォリオを動かしているだけでは、会社は本当の意味で変わりませんから。
もちろんそれだけの時間を確保するには、逆に「やらないこと」を決める必要があります。CXOに権限委譲するなど、自分は自分にしかできない仕事に集中する。
時々、社長になることをゴールと捉えて、その後はできるだけ波風立てずに終えたいと考える人がいます。でも経営者は、波風を立てるために存在するんです。これまで社内で非常識だったことを、どれだけ常識に変えられるかが、社長の仕事ですから。
世界で戦えることを証明したい
──今後、レゾナックを舞台にどのように世界と戦いたいと考えますか。
そもそも私のキャリアの原点は銀行員でした。シンガポールで6年間、アメリカで3年間、計9年ほどを海外で過ごしました。
その間、日本の製造業をファイナンス面からお手伝いをしていたのですが、その経験から「日本のモノづくりは一流なのに、経営には課題が山積みである」という課題意識を持つようになりました。
そこで私は日本の技術を武器に、世界で通用する会社をつくりたいと強く思うようになりました。高い技術力を持った日本の製造業のトップとして、経営やマーケティングを一流に引き上げることで、世界と戦いたいなと。そういう夢を持ったんです。

世界で勝つためにさまざまな変革に着手してきましたが、いまレゾナックは第二創業期を迎え、私は「自分が創業者である」という新たな覚悟で日々経営に向き合っています。
ただ存続できればそれで良い。そんな企業もあります。たしかにいま50代の方々は逃げ切れるかもしれません。でもそれでどの面下げて、新入社員に「ようこそ」って言えるんですかと。
日本の経済は沈みゆくままで、いまや1人あたりGDPは、かつて尊敬の目を向けてくれていたシンガポールの半分です。この差はどこでついてしまったんだろうか。そんな悔しい思いがあります。
──レゾナックでは今後の勝ち筋をどのように描いていますか。
だからレゾナックを舞台に、日本の会社もまだまだ世界で戦えることを証明したい。そして確実にいま、その手応えも感じています。
しかし、まだ私たちの挑戦ははじまったばかりです。これからも1日1日、真摯に企業価値の最大化に努めていきます。今後もレゾナックが描く未来にぜひご期待ください。

執筆:シンドウサクラ
デザイン:藤田倫央
撮影:⽵井 俊晴
編集:君和⽥ 郁弥
NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。
2023-12-25 NewsPicks Brand Design
※2023年12月25日公開。所属・役職名等は取材当時のものです。
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