「失敗作」が次世代通信の切り札に。20年越しの復活劇の舞台裏。
2023年06月16日
20年前の「失敗作」が、時を経て今「革新の種」に生まれ変わろうとしている。
大容量のデータを高速で送受信する次世代通信の実現に向け、半導体パッケージ基板の課題を解決する銅張積層板が完成間近だ。
その課題解決のカギは、2000年代に昭和電工で生み出されたものの、製品化を断念した低誘電樹脂。
それから20年。一度は埋もれてしまった技術は、異なる得意分野をもつ昭和電工、昭和電工マテリアルズ2つの会社統合によって、価値が再発見された。
20年前に昭和電工で驚くような樹脂を生み出していた西口将司、そして20年後にその存在に気づいて驚いた旧日立化成出身の山下剛。二人の技術者の出会いが次世代通信の新たな道を開き始めた。
開発プロジェクトの背景とかける想いを二人に聞いた。
素材を作る、機能を作る。得意分野の異なる2者が補完しあう
はじめに、今回のプロジェクトがどのようなものか教えてください。
山下:現在西口さんと私は、5Gなど高速大容量通信に使われる回路基板用の銅張積層板(以下、CCL<Copper Clad Laminate>)に向けた樹脂を開発しています。CCLとは、パソコンやスマートフォンなど、電気製品の中にある回路基板の材料です。ガラス繊維に樹脂を染み込ませて薄い銅のフィルムでサンドイッチして作られています。
大容量のデータが高速な通信や処理を実現するため、CCLはキーとなる材料の一つと言われており、電気信号の「伝送損失」を抑えることを強く求められています。伝送損失を低減するCCL開発には、その材料である樹脂が誘電特性と耐熱性に優れることが重要となります。
西口:CCLの構成材料である樹脂開発は、樹脂メーカーとCCLメーカー2社ですり合わせて進めます。しかし、通常2社がおこなう開発を、レゾナックは1社一気通貫で進めることができます。旧昭和電工が得意な「素材技術」を活かして私、西口が低誘電樹脂を開発し、旧昭和電工マテリアルズが得意な「機能設計技術」を山下さんが発揮し、低誘電CCLの製品化につなげる…という構図です。
ほかのメーカー各社とも高性能な樹脂開発にしのぎを削っていますが、私たちの低誘電樹脂は、そのなかでも一歩リードするものだと自負しています。
なし得なかった製品化、解散したチーム……不遇の扱いからの復活
今回の樹脂開発の裏側をより詳細に伺っていければと思います。この樹脂はもともと2000年代に旧昭和電工で開発されたものがベースだそうですね。
西口:まさに私が開発に携わっていた樹脂なんです。携帯電話搭載用の素材として、低誘電性に優れた樹脂に需要があるということで、プロジェクトチームを組んで開発に取り組んでいました。開発自体はうまくいっていて、当時の誘電特性はほぼ現在のものと変わらない完成度になっていました。
ただ欠点として粘度の低さがあり、銅箔と樹脂がうまくくっつかず、使い勝手が悪いということでユーザー側からは高い評価を得られませんでした。結局製品化にこぎつけることなく開発は中止となり、チームも解散することになりました。
一度開発を断念することになった樹脂が今回再び日の目を見ることになったのは、どのような経緯だったのでしょうか。
山下:統合が決まったときに、お互いが持っている技術をシェアする機会が必要だということになったんです。旧昭和電工が持つ樹脂開発の技術にどのようなものがあり、旧昭和電工マテリアルズのどの製品群に活用できるのか、いろいろと話し合いました。ただ、今回の樹脂は、最初から見せてもらっていたわけではないんですよね。
西口:今回の樹脂は20年前に「使いにくい」と切り捨てられていますから、最初はとりあえず無難に、すでに実績がある樹脂をいくつか見せていったんです(笑)。
山下:ただ、その時は、当時企画していた製品に使える樹脂はありませんでした。何度も議論を重ねるなかで、今回の樹脂を紹介してもらえることになったという経緯ですね。西口さんは自信なさげでしたが、その性能には驚きました。粘度はたしかに欠点でしたが、それが気にならないほどに低誘電性が優れていたんです。
西口さんとしては、こうした高評価に対してどのように思われたのでしょうか。
西口:それはもう、予想外の驚きですよね。過去に不遇な扱いだったものが再び形になるという嬉しさもありましたし、熱や反りへの耐性など、当時の自分たちが気づかなかった強みを見つけてもらえたのもありがたかったです。
山下:僕らからしたら、こんな性能の樹脂が20年も前に開発されていたのか、という驚きもありました。もっと早く知っていたら全然違った歴史があったかもしれない。
西口:当初は、「この特性がこんなに評価されるのか」と意外でした。自分たちだけではどうしても低誘電性を高めるという目標にフォーカスしがちで、その他の特性については何がどう評価されるのかわからない。開発した技術や製品の限界を自分たちで決めつけてしまうのではなく、他分野の人たちに向けて積極的にオープンにしていく姿勢がイノベーションには重要だとあらためて痛感しました。
写真で見て初めて気づいた「製品化の難しさ」
その後は、具体的にどのように開発のやりとりを進めたのでしょうか。
山下:当時はまだ統合前ということもあり、自分たちで検証するためにももう少しこの樹脂について深く知る必要があると考えていました。そのタイミングで一週間ほど西口さんがいる事業所にお邪魔して、樹脂の合成方法を教えてもらったりしましたね。
西口:そもそもこの樹脂が高評価を受けるとはまったく思っていなかったので、こちらも開発をフォローする体制を用意していなかったんです。チームもすでに解散していました。
ですから当初は、樹脂のことを教えてほしいと言われても対応できる状況ではなく、「とりあえず作り方を教えるので、こちらに来てください」とお声がけをしました。その後もあまりに反応が良いので、さすがにこちらも何もしないわけにいかず、きちんとチームを組み直して開発体制を整えていきました。
「粘度が低く使い勝手が悪い」といった課題は、そのタイミングで克服していったのでしょうか。
西口:そうですね。私たちは樹脂を作ることはできるものの、その先の工程についてはあまり詳しくありません。「粘度が低い」ということが、加工においてどのように不便かということもイメージできていなかったんです。それで一度、樹脂と銅箔の接着に失敗した様子を写真で送ってもらいました。見事に樹脂があふれ出て、周りがビシャビシャになっていましたね(笑)。そこで初めて「20年前に使いにくいって言われていたのはこのことだったんだ」と理解したんです。
山下:そうでしたね(笑)。
西口:これはさすがに「わかりません」と言ってられないなと。ここでしっかり対応しなかったら、同じ会社とはいえどこかで「もう結構です」と言われてしまうかもしれないと危機感を覚えました。
山下:具体的な積層板材料開発のイメージの有無の差もありましたし、仕方がないことだったと思います。今ではかなり密な連携ができていると思います。実際、認識を共有できてからの開発はすごくスムーズでした。
眠っている技術を「宝の山」に変える他者の視点
開発の進捗も、チームの状況も良好とのことですが、今後はどのような計画があるのでしょうか。
西口:目下の課題は量産化です。一度に大量に製造することを考えると、原料の調達や体制の部分でさまざまな課題が出てきます。コストだけで原料を決めてしまうと性能が犠牲になりますが、量産ということになるとコストやスピードを無視することはできない。我々はこうした量産化の経験が豊富なので、その知見を活かして取り組んでいるところです。
山下:来年には製品化を実現したいと考えています。早く優れた特性の製品を使いたいというお客さまの声も伺っていますし、こちらとしても気合いが入りますね。今後の話でいうと、今回の開発を通じて得たノウハウをその他の製品に応用するプロジェクトも別途立ち上げています。
統合をきっかけに始まった今回のプロジェクトを通じて、技術者としての意識の変化などはありましたか。
西口:20年前との大きな差として、樹脂への評価フィードバックの具体性を感じます。樹脂を開発する側として、具体的で詳細なフィードバックをもらえることは、課題が明確になり、改良の手がかりを得られてとてもありがたいです。今回のプロジェクトに限らず、お客さまから具体的なフィードバックを頂ける関係性の構築に努めるようになりました。
また良い意味で、何が起こるかわからないということを深く実感する機会になりましたね。20年前の若かりしころの自分が必死になって作ったものが、今になって日の目を見るなんて想像できないじゃないですか。逆に言えば、今取り組んでいるものがうまくいかなかったとしても、それがまた後に世に出るかもしれないということです。それがわかったことで、失敗を気にせずどんどんチャレンジしていこうという意識がより強まりました。
山下:素朴な言い方になってしまいますが、「世の中には知らないことがまだまだたくさんある」ということを再認識する機会になりました。日々同じ職場で、同じ人たちに囲まれて仕事をしていると、自分の専門性に閉じこもってしまうところがありますし、社会の動向にも疎くなりがちです。その意味で、いわゆるオープンイノベーションのような形で自分たちの技術を他分野の方に伝えたり、逆に相手から刺激を受けたりできる環境は貴重だと日々感じています。
よりオープンな姿勢でご自身の仕事に向き合えるようになったと。
西口:山下さんが言ってくれたように、統合を通じて人と技術の交流が生まれたのは私たちにとって大きかったですね。旧昭和電工では実にさまざまな開発が行われていましたが、眠っている技術がまだまだたくさんあります。いわば宝の山状態です。今回の樹脂開発だけでなく、社内外のさまざまなパートナーの皆様と共創しながら、さらなる開発に取り組んでいきたいです。
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