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東大 黒田教授とレゾナックが考える半導体産業に必要な人材とは?

2023年02月13日

1980年代に売上高で世界シェアの半数以上を占めていた日本製の半導体は、その後、下降線をたどり、現在は一桁%台まで落ち込んでいる。韓国や台湾、アメリカなどが進めた高性能化に遅れをとり、40年近くものあいだ逆風にさらされ続けてきた日本の半導体産業だが、ここにきて追い風が吹きはじめている。その中心にいるのが、2019年に東京大学で半導体システムデザインセンター「d.lab」(ディーラボ)を立ち上げた黒田忠広教授だ。
「半導体の民主化」を掲げ、産学連携によって次世代半導体の開発に取り組む黒田教授と、「共創」をキーワードに半導体パッケージ開発をリードするレゾナックのエレクトロニクス事業本部開発センター長阿部秀則に、日本の半導体の未来と、これから業界で求められる人材について、前後編に渡って話を聞いた。

求められるのは「視野の広さ」と「コミュニケーション能力」

前回は、半導体開発において「後工程」の重要性が増してきている背景から、「次世代パッケージの開発のためには“共創の森”が必要」というところまでお話を伺いました。今回は、業界で求められている人材像についてお聞かせください。

黒田:さまざまな分野の最先端技術の結晶ともいえる半導体を、1社単独で開発するのは難しい。だから、これからは企業の垣根を超えた連携が必要、と前回お話しました。そして、そのためのオープンイノベーションの場を、生物多様性になぞらえて“共創の森”と表現したのですが、さまざまな人材が集まる共創の森では、「視野の広さ」と「コミュニケーション能力」が重要になります。

阿部:全体最適が求められるようになったパッケージ工程では、なおのことですね。例えば、電気特性に優れ、部分的に見れば最良と思われる材料でも、チップ全体で見れば発熱に耐えられず、使用できないというケースもあります。これからの後工程の研究者は、前工程をはじめ、各領域の技術者と積極的にコミュニケーションをとって全体のバランスを考えながら開発を進めていく必要があると思います。

黒田:半導体は、もはや単なるトランジスタではなく、いわば“大きなシステム”です。その開発のために必要な学術領域も広がっています。昔のエンジニアは、ひたすら自分の得意分野だけを深く掘り下げていけば良かったのですが、今はそのスタンスが通用しなくなりました。もっと外向きでなければいけません。

阿部:しかも、技術やサイエンスに詳しいだけではダメで、さまざまな人とネットワークをつくり、議論の場を醸成していく力も大切ですよね。

私たちは日本を拠点に事業展開をしていますが、お客さまの大半は海外メーカーです。海外のお客さまがめざす方向性を理解し、一緒にロードマップを描いて進んでいくためには、より高いコミュニケーション能力が求められますね。

黒田:産業の地域特性で言えば、かつて半導体製造の市場はアメリカが中心でしたが、現在はアジアに移っています。アジアはキープレイヤー同士がとても近い距離にあり、日本、台湾、韓国と中国沿岸部ではほとんど時差がありません。また、2024年の完成をめざしてTSMC(※1)が熊本に新工場の建設を進めていますが、九州が選ばれたのも、アジア各国へのアクセスの良さや輸送のメリットが考慮されてのことだと思います。

  • ※1 TSMC(台湾積体電路製造)……台湾に本社を置く世界最大の半導体受託製造業(ファウンドリー)。半導体製造市場の世界シェアは6割以上。

こうして見ると、今の日本には、ものすごく良い風が吹きはじめていると感じます。日本政府が半導体分野に大規模な投資をすると宣言して、世界最大のファウンドリーであるTSMCの工場が誘致され、地理的にもグローバル市場の中心に位置している。復活のための土壌は整ってきたので、あとは人材です。より多様な人材が活躍できる環境を整えることさえできれば、今後20年、日本の半導体産業にとってすばらしい時代になるはずです。

人材確保の第一歩はビジョンを示すこと

では、半導体産業の人材という点で、世界はどのような状況なのでしょうか?

黒田:各国が優秀な人材の取り合いをしています。その背景には、米中の対立をきっかけにはじまった世界の分断があります。各国が経済安全保障の要に半導体を位置づけ、「自国で製造したい」、あるいは「同盟国と連携して安定供給を確保したい」という思惑をもっており、それに伴って優秀な人材の囲い込みがはじまっています。

日本も人材不足なのでしょうか?

阿部:日本では少子化に追い打ちをかけるように、“理系離れ”が続いているので、半導体業界に入ってくる人材も減ってきていました。

その一方で、今後、半導体市場の成長は非常に高いと予測されています。私たちの半導体の材料事業も年間平均10%程度の高い成長率を見込んでおり、事業拡大を継続するためのエンジニアもかなりの数が必要になると踏んでいます。材料のみならず、製造、設計、装置の各分野のエンジニアが今後さらに不足するはずです。

黒田:人材は、産業と密接に関連しています。人材がいないと産業が強くならないし、産業が強くならないと人材が豊かにならない。このジレンマのなかでどう優秀な人材を育てていくか。これは日本の半導体業界が抱える大きなテーマです。現在、国を挙げて、半導体分野への大規模な投資がスタートしていますが、人的資本に対する投資にも継続的に力を入れてほしいと思います。

人材確保のために企業ができることはありますか?

黒田:多様な人材が活躍できる豊かな土壌を整えてあげれば、あとは自然と人が集まって発展していきます。では、どうやって最初に豊かな土壌を整えるのか。それには「ビジョン」が大切です。

何か新しいことをはじめようとすると、大抵は反対意見も出てきます。台湾のTSMCが設立された時も、多くの人が驚いて、「ファウンドリービジネスが成功するはずない」と否定的でした。

しかし、過去の成功体験や常識に捉われず、新しいビジネスモデルのビジョンを示し続けたことで、TSMCは次第に人々の共感を得て、世界有数の企業へと成長したのです。現在、レゾナックも強いメッセージとビジョンを発信し続けていますよね。

阿部:それは意識しています。パッケージングソリューションセンターを初めて訪れた大抵のお客さまはまず驚かれて、「なぜ材料メーカーがここまで装置を揃えているんだ?」「君たちは何をめざしているんだ?」と、同じような質問をされます。

その際に、「私たちの会社はパッケージングに力を入れているが、1社で成し遂げられることには限界があり、共創をさらに進めていく」とビジョンを説明すると共感してもらえます。やはり共創を進めていくためには、ビジョンの共有は欠かせません。ビジョンを掲げ、パッケージングソリューションセンターを最先端パッケージの評価プラットフォームを備えたオープンな場所として運営していくことは、半導体の技術革新に貢献すると信じています。

半導体産業の未来は明るい

産学連携という観点で、人材育成についてのお考えを聞かせてください。

黒田:先日、国際会議に出席した際、人材育成のパネルディスカッションがありました。アリゾナ州立大学をはじめ、アメリカの半導体投資が盛んな地域の学部長クラスが集まって「業界に何をしてほしいか?」というテーマで議論したんですね。その結論が、「これまで以上に良いインターンシッププログラムを提供してほしい」ということでした。

片手間に仕事をさせてインターン期間を終えるのではなく、本当にプロフェッショナルと一緒になって仕事をする、教育的な配慮もあったインターンシッププログラムをやってほしい」と言っていました。これが現在の日本にも必要なことではないかと思いましたね。

阿部:なぜ、そうしたインターンシップがこれまでできなかったのか。それは、おそらく「開発情報を簡単にオープンにしたくない」という企業側の都合です。しかし、パッケージングソリューションセンターは、オープンな環境で最先端の技術開発に取り組んでいます。

学生にとって、とても魅力的な場所だと思うので、今後、より実践的なインターンシップに活用することも考えていきます。最終的にレゾナックに入社していただかなくても、半導体に興味をもってくれるだけでもうれしいですね。

実際のところ、半導体業界の学生の人気はどうなのでしょうか?

黒田:この20年間は、低迷気味だったのですが、最近は人気が出てきています。私の研究所を卒業して、TSMCへ就職した学生もいます。その学生に「なぜ、TSMCに行くの?」と聞いたら、「最先端の技術で世界と仕事ができるから。エキサイティングで給料も高いんですよ」と。逆に言えば、まだ日本企業がそうした環境にはないということなので、ちょっと寂しく感じたのですが、業界を志す若者が増えているのは喜ばしいことです。

阿部:私たちも反省するところがありますね。いまは新卒で入社しても、「この場所で成長できない」と思ったとたんにすぐ辞めてしまいます。魅力ある仕事環境を継続的に提供して人材の流出を防がなければ、いずれ企業として成り立たなくなるのではないかと危惧しています。

個人的にはこれほど巨大で、ものすごいスピードで技術が進化している業界は、ほかにはないと思っているので、これからもっと半導体産業の魅力を学生たちに伝えていきたい。「半導体の未来は明るい」ということ発信していきたいと思います。

最後にこれから半導体産業をめざす若者にメッセージをお願いします。

黒田:半導体業界の多様なプレイヤーが全体で発展していく“共創の森”をみんなでつくりましょう。そのために求められているのは、ともに生き、ともに進化するという志がある視野が広い人材です。これまでは前工程領域に人材が集まっていましたが、これからは後工程、パッケージングもエキサイティングで、高度な学術が求められる領域になります。ぜひ皆さまに集まってほしいです。

阿部:近年、半導体材料業界はグローバル化が加速していますが、パッケージングソリューションセンターではまさにその最先端の技術開発を行っています。最新技術に触れて、新しいことにチャレンジしたい方は、ぜひレゾナックに来てください。多くの企業の優秀な方々と議論しながら、互いに進化していく。世界でも類を見ない環境で、一緒に次の時代を切り開きましょう。

前編では、日本の半導体産業の復活のカギとなる「後工程」への注目が高まる背景や「共創」や「オープンイノベーション」といった企業を超えた連携の重要性をお話しいただきました。

黒田 忠広

1982年東京大学工学部電気工学科卒業。工学博士。同年(株)東芝入社。1988年~90年カリフォルニア大学バークレイ校客員研究員。2000年慶應義塾大学助教授、2002年教授、2019年名誉教授。 2007年カリフォルニア大学バークレイ校MacKay Professor。2019年東京大学大学院教授、d.labセンター長。2020年RaaS理事長。60件の招待講演と30件の著書を含む300件以上の技術論文を発表。200件以上の特許を取得。IEEE SSCS監理委員会メンバー、IEEE上級講師、IEEE/SSCS Region10代表、A-SSCC委員長を歴任。IEEEフェロー。電子情報通信学会フェロー。VLSIシンポジウム委員長。

阿部秀則

株式会社レゾナック 理事 エレクトロニクス事業本部開発センター長

1998年、日立化成に入社。半導体封止材の開発に携わる。アメリカに駐在し、技術サービス対応を7年間経験。エグゼクティブMBAを取得。その後、パッケージングソリューションセンターの立ち上げに関わる。コーポレートのマーケティングやCMPスラリーの事業部長を経て、現在は半導体材料関係全般の開発を推進させるとともに、パッケージングソリューションセンターを起点とした共創活動を推進している。

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