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東大 黒田教授とレゾナックが考える次世代半導体開発のカギとは?

2023年02月06日

1980年代に売上高で世界シェアの半数以上を占めていた日本製の半導体は、その後、下降線をたどり、現在は一桁%台まで落ち込んでいる。韓国や台湾、アメリカなどが進めた高性能化に遅れをとり、40年近くものあいだ逆風にさらされ続けてきた日本の半導体産業だが、ここにきて追い風が吹きはじめている。その中心にいるのが、2019年に東京大学で半導体システムデザインセンター「d.lab」(ディーラボ)を立ち上げた黒田 忠広教授だ。
「半導体の民主化」を掲げ、産学連携によって次世代半導体の開発に取り組む黒田教授と、「共創」をキーワードに半導体パッケージ開発をリードするレゾナックのエレクトロニクス事業本部開発センター長阿部秀則に、日本の半導体の未来と、これから業界で求められる人材について、前後編に渡って話を聞いた。

日本の半導体産業の復活のカギとは?

レゾナックは、前身である昭和電工マテリアルズの時代から「d.lab」(ディーラボ)に参加しています。まずは黒田教授がセンター長を務める「d.lab」について教えてください。

黒田:「d.lab」は、半導体の設計・製造に携わるエンジニアのためのオープンイノベーションの場です。2019年の立ち上げ以来、レゾナックをはじめ多くの半導体関連企業に参画いただき、東京大学内の電子工学系の各研究室とも連携しながら、次世代半導体の開発に取り組んでいます。

東京大学大学院教授 黒田忠広氏

黒田:知見の共有はもちろん、活発な意見交換を行い、そのなかで生まれたアイデアを実際の設計に落とし込んで「d.lab」が提携するTSMC(※1)にプロトタイプを製造してもらう。オープンな学術連携、社会連携ができる体制で半導体開発のスピードアップをめざしています。

もうひとつ、「RaaS」(ラース)という半導体の産学連携拠点も開設しました。こちらは、「d.lab」で開発した技術を実用化し、具体的な事業として展開するための産学連携拠点です。

  • ※1 TSMC(台湾積体電路製造)……台湾に本社を置く世界最大の半導体受託製造業(ファウンドリー)。半導体製造市場の世界シェアは6割以上。

阿部:先日も「d.lab」が主催する「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」の見学会に参加させていただきました。パッケージングソリューションセンターのオープンイノベーションを加速させていくためには、幅広い企業の方々と接点を持つことが大切だと私たちも常々考えており、「d.lab」を新たなパートナー企業との出会いの場として利用させてもらっています。

株式会社レゾナック 理事 エレクトロニクス事業本部開発センター長 阿部秀則

黒田:そもそも、ひと昔前までは私の専門としている半導体の設計領域から、レゾナックが強みとしている「材料」や「パッケージング」というのはかなり遠い存在だったんですよね。

しかし近年は、その距離が急速に縮まってきている。半導体のチップ単体ではなく、パッケージ全体での最適化を進めなければ、もはやこれ以上の高性能化、効率化が難しいんですね。そうした流れにあって、私自身ももっとパッケージについて勉強しなければいけないと思い、パッケージングソリューションセンターを見学したのですが、こんなすごい場所があったんだと驚きました。

阿部:ありがとうございます。やはり今後日本は、パッケージをはじめとする「後工程」にも戦略的に集中すべきだと思います。これまでは、ウェハーや回路をどう作るかという「前工程」ばかりが注目されていましたが、今後より重要性が増してくるのは間違いなく「後工程」です。

黒田:そうした状況にあって、いち早く「後工程」に着目し、最新の設備と幅広いネットワークを所有しているレゾナックは、とても良いポジションを取られていると感心しています。

半導体の製造プロセスは、大きく「前工程」と「後工程」に分かれる。

半導体の「後工程」への注目の高まり

現在、なぜ半導体の「後工程」への注目が高まっているのでしょうか?

黒田:ひとつには、日本のアドバンテージを生かしやすいという事情があります。そもそも半導体はアメリカで誕生しましたが、日本がその製造技術を熱心に学んでアメリカを追い抜き、80年代前半には当時の半導体売上高の世界シェア50%以上を占めるまでになりました。

しかし、あまりにも日本の半導体産業が強くなりすぎてしまったためにアメリカとのあいだに貿易摩擦が起こり、1986年には日本に不利な条件で「日米半導体協定」を締結するに至ります。それを潮目として日本の半導体の凋落が始まり、生産量も大きく減少。大手電機メーカーが製造から撤退し、現在では日本の世界シェアは一桁%台だと言われています。

一方、半導体製造そのものは下火になってしまったものの、半導体を作るための材料や製造装置の分野では日本はまだまだ世界と戦える力を持っている。グローバル市場でも各メーカーが存在感を示しています。日本の半導体産業を復活させるには、そうした強みを生かして、すでに勢力図ができあがってしまっている前工程よりも、後工程に狙いを定めたほうが賢明だということです。

阿部:半導体材料の分野で言えば、弊社を含む日本メーカーのグローバルシェアは50%をキープしています。後工程に限定すれば、60%以上。まだまだ世界をリードしていると言えますよね。

黒田:そして、後工程に期待が集まる理由には、もうひとつ「微細化の限界」という技術的な問題もあります。これまで半導体開発は、チップ上の回路の線幅を狭めることで「集積化=高性能化」を図ってきました。

有名なムーアの法則(※2)に従えば、半導体の性能は10年で100倍、15年で1000倍、30年100万倍……と指数関数的に増えるわけですが、もはや線幅は「ウィルスの大きさの10分の1」という原子レベルに突入している。今後、同様の方針で高性能化を続けていくのは物理的に困難になってきました。

  • ※2 ムーアの法則……「集積回路上の搭載素子数(集積度)は、2年ごとに倍になる」という将来予測。米国インテル社の創業者であるゴードン・ムーアが提唱したとされる。

そこで出てきたのが、「パッケージ全体で集積化する」というアイデアです。現時点でひとつのチップに数百億のトランジスタを集積できますが、各国の研究者たちは、パッケージ全体で1000億~1兆トランジスタの集積をすることに挑んでいます。

チップ単体ではなく、複数のチップを組み合わせてパッケージ全体で集積率を高めていこうということですね。

黒田:おっしゃるとおり、それが世界的な潮流です。半導体開発の主戦場がパッケージ全体まで拡大したという言い方もでき、向こう10年は次世代パッケージの開発に求められる材料や製造装置には、ますます強い光が当たると思われます。

阿部:今まさにレゾナックのパッケージングソリューションセンターで研究・開発を進めている「チップレット」技術も、複数のチップを組み合わせてパッケージングし、全体で機能性を高めようというものです。

先ほど黒田教授がおっしゃったように、半導体の回路では原子の大きさに迫る1~2ナノの世界で開発競争が行われています。例えば、基板では、まだ数十ミクロン単位で設計が行われています。パッケージングの領域には、まだまだ微細化の余地が大いに残されています。

避けては通れない課題である「省エネルギー化」

黒田:また、近年の半導体開発には「エネルギーの効率化」も求められています。これまでお話しした基板の微細化が実現すれば、チップ間の伝送距離が短くなるので、消費エネルギーの削減にもつながっていきます。

ありとあらゆるところでAIが活躍する2030年には、日本のデータセンターの消費電力量は、現在の10倍以上になるという予測もあります。そんな状況下で、「持続可能な成長」を実現するためにも、これからの半導体は“グリーン”でなければいけません。

私も機能性と伝送効率を高めるために、チップを縦方向に集積させる「3D化」に取り組んでいますが、従来以上に熱や電流など細部まで配慮したパッケージングが求められます。つまり、後工程を意識しながら、半導体を設計しなければいけなくなりました。

阿部:さまざまな業界でサステナビリティの波が押し寄せてきていますよね。日本のみならず、近い将来、世界の使用電力量のかなりの割合がサーバーに使われるという話もあるので、半導体産業全体としても「省エネルギー化」に取り組むことがマストになりつつあります。

実際、世界では2022年にCO2排出量の削減加速に向けたイニシアチブ「半導体気候関連コンソーシアム(SCC)」が立ち上がり、レゾナックもその創立メンバーに加わりました。材料メーカー、装置メーカー、半導体メーカーが協力してCO2排出量をいかに減らしていくかという議論が進められています。「後工程」だけでなく、「前工程」の半導体材料に強みを持つ我々が旗振り役となることで、日本の半導体産業再興の一歩になると考えています。

複雑化する半導体業界の後工程を「共創」で挑む

ここまで産業の変遷や、業界の潮流などを話していただきましたが、これから日本の半導体産業が再興するために必要なことについてのお考えを聞かせてください。

黒田:各社が「自分だけが勝てばいい」という考えでは、業界全体の発展につながりません。むしろ、淘汰される会社が増えてしまえば、縮小していく。それは、生物多様性が失われた森が荒廃していくのと同じ事象だと思います。互いに助け合い、ともに進化していくという考えが日本の半導体業界に必要で、そのための“共創の森”をつくる活動を進めていくべきです。

阿部:“共創の森”、すばらしい表現ですね。私も「共創」や「オープンイノベーション」といった企業を超えた連携や取り組みは不可欠だと感じます。

まさに今私たちも「半導体業界のエコシステムづくり」に挑戦しています。材料メーカーであるレゾナック単独では難しいことも、多様な企業と連携することで、豊かな森をつくることができると思っています。

2021年に我々が立ち上げた「JOINT2」というコンソーシアムも、そうした思いからはじまったものです。「前工程」に関連する企業にも参画いただいていて、前工程の技術をパッケージングに応用する研究にも挑戦しています。また、レゾナックの競合企業ともいえる材料メーカーの東京応化工業やナミックスなどにも加わっていただいて、複雑化する後工程に求められる材料や装置の開発・評価に取り組んでいます。まさに多様性のチームです。

黒田:かつて日本の半導体産業は、森を意識せず、各社が大きな一本の木を立てようとしたために世界に負けました。結果、半導体メーカーはまさに根こそぎにされてしまったのですが、さいわい、「材料」と「装置」という豊かな土壌がまだ残っています。ぜひレゾナックが中心となって、この土壌の上に、多様性に富んだ“共創の森”をつくり出してほしいと思います。

続く後編では、これからの半導体産業で活躍する人材に求められる要素や企業側からどのようなアプローチが必要なのかをお話しいただきました。

黒田 忠広

1982年東京大学工学部電気工学科卒業。工学博士。同年(株)東芝入社。1988年~90年カリフォルニア大学バークレイ校客員研究員。2000年慶應義塾大学助教授、2002年教授、2019年名誉教授。 2007年カリフォルニア大学バークレイ校MacKay Professor。2019年東京大学大学院教授、d.labセンター長。2020年RaaS理事長。60件の招待講演と30件の著書を含む300件以上の技術論文を発表。200件以上の特許を取得。IEEE SSCS監理委員会メンバー、IEEE上級講師、IEEE/SSCS Region10代表、A-SSCC委員長を歴任。IEEEフェロー。電子情報通信学会フェロー。VLSIシンポジウム委員長。

阿部秀則

株式会社レゾナック 理事 エレクトロニクス事業本部開発センター長

1998年、日立化成に入社。半導体封止材の開発に携わる。アメリカに駐在し、技術サービス対応を7年間経験。エグゼクティブMBAを取得。その後、パッケージングソリューションセンターの立ち上げに関わる。コーポレートのマーケティングやCMPスラリーの事業部長を経て、現在は半導体材料関係全般の開発を推進させるとともに、パッケージングソリューションセンターを起点とした共創活動を推進している。

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