レゾナックナウ

JSS小澤氏×CEO×CHRO、人的資本経営でVUCA時代を勝ち抜くチームづくり

2023年07月31日

人的資本経営

(写真 左) 髙橋 秀仁:レゾナック・ホールディングス 最高経営責任者(CEO)
(写真 中央) 小澤 ひろこ氏:日本シェアホルダーサービス株式会社 ESG/責任投資リサーチセンター長
ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会研究員
(写真 右)今井 のり:レゾナック・ホールディングス 最高人事責任者(CHRO)

共創型人材を創出するための経営、人材育成の考え方はどうあるべきなのか。
人的資本経営に造詣の深い小澤氏をお招きし、髙橋CEOと今井CHROとのダイアログを実施しました。
(2023年5月11日 当社会議室にて実施、社名・部署名・役職名はインタビュー当時のものです)

人的資本経営の潮流と本質とは

小澤氏

今の人的資本に対する日本企業の対応には2通りあるように思います。
一つは、開示に対する対応の必要性に駆られて社内対応に急いでいる企業です。「人的資本ブーム」の到来を受けて、これに乗り遅れまいと、どうにかアピールしようとしている。有価証券報告書での開示義務が大きなきっかけになっており、どう対応すればよいのかを考えてい る企業が多く見られます。  
もう一つは、人的資本の重要性の本質を捉え、その充実に本気で取り組んでいる企業です。個を尊重することこそが企業の競争力の源泉として捉え、経営者自らのコミットメントのもとに、人的資本を経営の中枢に据えて取り組んでいる企業です。前者に比べると、後者はまだまだほんの一握りという印象です。  

両者では、開示に対する考え方も異なります。前者の企業では、人材に関するデータを集めて整理して対応することに注力しているのに対し、後者の企業は、「自社の人的資本が経営の中でどれだけ重要なのか」という点を経営のグランドデザインの中心に据えて、表現しようとしています。開示だけをとっても、この二極分化が起きています。
また、特に日本の企業の取り組みを見ると、基本的に「制度を充実させる」ことに注力している企業が多いように感じます。日本の企業は古くから、終身雇用を前提とした人事制度を作り上げてきました。雇用が長く続くことを前提に考えれば、制度の充実に多くの経営資源を注ぎ込むことには意味があるかもしれません。ただし今はそのような時代ではなく、人材の流動化は今後、さらに加速していくと考えるのが自然です。欧米企業のように、日本にも長期雇用を前提としない人的資本経営が求められる時代が来るはずです。その際に重要になるのが、「インセンティブ」です。個人やチームの成果が組織としての成果につながることで人はワクワクします。そのワクワクに対して、組織として得られた成果をいかに個人やチームに還元するかを考えることが重要です。ワクワクを生み出す制度と、組織が得た成果をインセンティブとして個人やチームに還元することはセットで考えるべきです。仲良しクラブとは異なる、ワクワクの総量の多い企業はとても強いです。 
 

髙橋

非常に共感します。日本企業には古くから「新卒一括採用」「学歴主義」「年功序列」「終身雇用」という四つのパッケージがあり、このパッケージがバブル崩壊以降の日本企業、日本経済の停滞を招いたのではないかと思っています。このパッケージを壊さない限り、日本は活力を取り戻すことができないと思います。  
私は新入社員に対し、終身雇用を保証するようなことは言いません。代わりに、「私は君たちがどこの会社に行っても通用する人材に育てますよ」と言います。それを実現することが人的資本経営なのだと思っています。私は日本の大手企業や外資のグローバルトップ企業で働いた経験を持ちますが、グローバルトップ企業の人的資本経営を日本企業は見習うべきと感じています。多くの日本企業は、透明性の高い昇進昇格や給与など、とにかく不平等をつくらないことに心血を注いできたように思いますが、私自身はそこに違和感を覚えます。今後、日本企業がこの格差を埋めようとする努力をするかどうかはわかりません。変わろうとする会社もあれば、変わろうとしない会社もあるでしょう。ただ、恐らく長い目で見れば、そこで淘汰が起きるのではないでしょうか。
 

今井
今の社会で人的資本経営が注目を集めるようになったのは、やはりVUCAの時代と言われるような不透明な時代の到来という背景があり、これまでの延長線上で課題を解決したり、現状に対する改善で取り繕ったりすることができなくなったからではないかと、お二人の話を聞いて実感しました。こうした時代だからこそ、これまでとは全く違う視点や思考を持つ多様なメンバーで問題を解決していくことが真に求められています。  
そう考えると、どうやって個の能力を引き出し、これまでとは違うタイプのチームを作るかを考えることが必須となってきています。それぞれが持つ良いところの「組み合わせの多様性」を考え、役割分担を考えていくことが必要かもしれません。  
また、ヒエラルキーをベースとした指示命令系統では問題は解決できません。一人一人としっかり向き合い、個の強みを引き出していく必要があり、人を適切に扱わなければ経営が立ちゆかなくなる。これが今、本質的な課題になってきているように思います。
 
髙橋

人的資本経営とは、今は言葉だけが独り歩きをして、本質が見えにくいものになっているなと感じます。人が大事なのは、ある意味当たり前の話で、成長戦略や事業ポートフォリオの強化に向けた考え方自体は、すでにコモディティ化しています。どの会社も中期経営計画や考え方は立派ですがその内容は同じで、ではどこで差が出るかと言えば、計画をやり切る経営陣がいるかどうか、その経営陣をサポートする人材が育っているかどうかにかかっています。その意味で、人材育成は企業価値最大化への一番の近道と捉えています。
 

小澤氏

同感です。さまざまな経営資源の中で、人的資本だけが「意思」を持っています。それぞれの人が意思を持って行動するからこそ、組織として結果を出すのにも時間がかかるし、難しさが伴います。それぞれの意思の総和がその組織の「個性」になり、それが組織の競争力の源泉となります。つまり、組織としての個性は個人の「意思」の掛け合わせによって決まってきます。

「共創型化学会社」となるために必要な人材とは?

髙橋

「共創型化学会社」としてのレゾナックグループを支える人材を明確に定義しています。
一つは、周囲の人たちをうまく巻き込みながら働ける人材で、文字どおり「共創」できる人材です。そしてもう一つが、指示待ちではなく自分自身で必要なアクションを起こせる、「自律的な」人材です。
そのような人材を育てるために、「プロフェッショナルとしての成果へのこだわり」「枠を超えるオープンマインド」「機敏さと柔軟性」「未来への先見性と高い倫理観」という4つのバリューを大切にしています。「この価値観をしっかり持ち、行動が起こせる人を目指しましょう」と、各拠点のタウンホールミーティングなどで今井さんと共に従業員に言い続けています。

今年はさらに、この4つのバリューを人事評価に反映することにも取り組んでいます。人材のパフォーマンスを「KPIの達成度」と「4つのバリューの発揮」の2軸で測り、適切に評価へ反映できるよう、全てのマネージャーにトレーニングをしているところです。当社には23の事業部がありますが、共通の価値観を持ち、どの事業部でも通用する共創型の人材を育てていくことで、コングロマリットディスカウントを少しでも回避することができるのではないかと思っています。そして、全社共通言語としてパーパス・バリューがあることで、議論が起きたときに「それってオープンマインドじゃないよね」「機敏さに欠けているんじゃないか?」というように私たちのあるべき姿に立ち返ることができるはずです。


今井

「自律性」は、やはり情熱を持つことがベースになると思います。「化学の力で社会を変える」という志や、レゾナックグループだからそれができるという確信、それを必ず成し遂げるという情熱ですね。この情熱を、自身が所属する部門だけの話にせず、他の部門、他の会社に展開していくことが重要です。
よりどころとしてのパーパスと、そのための行動様式であるバリューを判断の軸として、どうぞ自由に、自律的に行動してくださいというのがレゾナックグループのスタイルです。こうしたスタイルを、まずは経営陣のアクションとして徹底し、徐々に全従業員に広げていこうとしています。それぞれの職場の中で、自分たちの職場におけるパーパスは何か、バリューを発揮するというのはどういうことなのかについて議論するワークショップを実施したり、自分がどう評価されるかをきちんとフィードバックを受けて明確にしていくことで、パーパスやバリューを自分ごと化し、実行に移していけるようになると考えています。共通の価値観と共通言語をベースに、異なる事業で経営経験を積んでいけることが、従業員の成長を促すレゾナックグループの強みでもあります。
 

小澤氏

たしかにレゾナックグループのような、多様な事業領域を持つ化学メーカーだと、縦割りの組織に陥りやすく、各事業部門が独自の風習や価値観を持って専門性を極めていくような 形になりがちだと想像します。ご説明いただいたよう「共通言語」を持った上でお互いの考え方の違いを知り、また垣根を越えていくことで、新たな事業機会が創出されていくのだと思います。そのようなチャレンジが実を結ぶことで、部門を超えて新しい価値を創出することにワクワクを感じる人たちが増えれば、新しいパラダイムが見えてくるかもしれません。  
お話を聞いて、レゾナックグループがパーパス、バリューを明確にした上で、それを全社に浸透させ、人事制度や評価にまで落とし込もうとしていることがよくわかりました。タウンホールミーティングやラウンドテーブルを数多く実施され、経営陣の思いを直接全従業員に伝えようとされている点が何より素晴らしいと思います。  
日本企業の中には、パーパスをつくって公表しただけで力尽きてしまい、会社としてどのような人材を求め、パーパスと日々の事業活動や業務をどう結び付けるのか、そして行動や判断にどう反映させるのかといった、具体的な運用が不明確なケースが非常に多いように思います。せっかく時間と労力をかけたのに、とてももったいない話です。パーパスを企業価値の最大化に結び付けるには、言うまでもなく、それを浸透させ、事業活動に結び付けることが必要です。お題目としてのパーパスに「義務」として対応するのではなく、従業員が自らの仕事とのつながりを見いだすことで「可能性」を感じ、率先してやる「意志」をもつレベルにまで昇華できなければ、組織の力になりません。  
その点レゾナックグループは、パーパス、バリューという、しっかりしたグランドデザインができており、個人の行動様式や価値判断への落とし込みなど、あらゆることに取り組んでいます。 非常に強みであると感じました。

CEOとCHROの連携が経営のスピードを加速する

髙橋

レゾナックグループの強みは、CEOとCHROが一枚岩で人材育成、人材戦略に強くコミットしているところだと思っています。どちらか一方だけでは、本気で改革しようと思ったら難しい。ここまで自分がHRにコミットできるのは、経営をチームで運営しているからです。ポートフォリオや事業変革、経営基盤の強化などは、経営層でゴールを共有しており、事業部門長やCXOに完全に任せることができています。  
その上で、人材、文化の変革に話を戻すと、私自身は、これまで積み上げてきた経験を通じて、「行きつく先に何が待ち受けているか」ということがおおよそイメージできています。もちろん全てが正しいとまでは言いませんが、共通した価値観をベースにして、共通言語をもって人材を語り、チームワークが発揮され緊張感もある優れたチームで成功体験を重ねていく。 この取り組みを1年1年改善しながら動かしていけば、10年で成功できるという絵を描いています。これからも、この考えがブレることはありません。CHROとは、やりたいことが一致しているので意思決定も早いです。ラウンドテーブルで従業員と対話をしながら、その場で次の施策をCHROと一緒に考えることもよくあります。

今井

そうですね、びっくりするほど髙橋さんと目指す方向が同じです(笑)。髙橋さんはWHYとWHATを打ち出す、旗を立てるのが得意なビジョナリー型のリーダーです。私はWHYとWHATの壁打ち相手になりつつHOWを考える役割で、これまでずっとやりたかったことやおかしいと思っていたことの改革を、今まさに実行しています。人事領域は、実はびっくりするぐらい研究の進化が早い分野でもあります。例えば今私は、成人の発達理論をベースに、変革を推進するために必要なプロセスは何かと考えることがありますが、これからは心理学だけでなく脳科学的なアプローチもできるようになっていくでしょう。人の意識を変えること、パーパス・バリューが完全に体現されている状態を実現することは決して簡単ではなく時間がかかります。まずは仮説に基づき、フィードバックを得ながら、できる限り科学的にデータドリブンで改善するサイクルを回しつつ、地道に、直接従業員との対話を繰り返していくことで、全員参加のこの変革を成功させていきたいと思っています。


小澤氏

同じ価値観を共有し、同じ目標に向かって進む髙橋さんと今井さんの連携はとても素敵です。日本企業のCEOとCHROは、お二人とは違い、経営戦略を共通言語とした共通の目標設定ができていない、または協働できる体制になっていないことも少なくないのではないのでしょうか。 お二人のチームワーク力という点においても、トップマネジメントの思いが全従業員に伝わることと思います。従業員は、タウンホールミーティングやラウンドテーブルが終わり日々の業務に戻ると、彼らの言動は直属の上長の評価に大きく影響されるものです。今後は、現場のリーダーや ミドルマネジメントを巻き込んだ取り組みが課題になってくると思います。お二人のチームワーク力でぜひその課題を乗り越えてください。これからの成長がとても楽しみです。

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