レゾナックナウ

脱炭素社会の鍵握るSiCパワー半導体、世界水準の技術は対話から

2023年04月28日

EV(電気自動車)の普及にともない、ここ数年、「SiC(シリコンカーバイド)パワー半導体」が注目されている。従来の「Si(シリコン)パワー半導体」に比べてエネルギー効率に優れ、EVの航続距離の延長だけでなく、CO削減の効果も期待できるという。そんなSiCパワー半導体の土台となっているのが、レゾナックが長年開発を続けてきた「SiCエピタキシャルウェハー(以下、SiCエピウェハー)」だ。トヨタ自動車の新型電動車LEXUS「RZ」のインバーターにも搭載されるなど、さらに拡大が続くSiCエピタキシャルウェハーの開発ストーリーについて、SiC部 技術グループ 成膜開発チームリーダーの馬渕雄一郎に話を聞いた。

SiCエピウェハー製造プロセスは「オーダーメイド」

――はじめに、SiCエピタキシャルウェハーとは、どのようなものなのか教えてください。

馬渕:Si(シリコン)とC(カーボン)の化合物からなる半導体の材料(ウェハー)です。従来のSiウェハーよりも電気特性にすぐれ、主にパワー半導体に使われます。

パワー半導体は、大きな電流や電圧の制御を目的とした半導体で、EV(電気自動車)や電車のモーターまわりのほか、身近なところではエアコンなどの家電製品にも使われています。演算処理を行うロジック半導体が「頭脳」だとすれば、パワー半導体は「筋肉」。高電圧、高電流をコントロールすることで、大型機器を正常に動かしています。

――具体的にはどのような用途で用いられるのでしょうか?

馬渕:SiCエピウェハーから製造されるSiCパワー半導体はとくに大電力を扱うものに採用され、新型の新幹線にも導入されています。高電圧、高電流に耐えられるだけでなく、エネルギー効率にも優れるため、とくに最近ではEVへの導入が加速しています。従来型のSiパワー半導体よりも少ない充電回数で、長距離を走行できるようになるからです。

私たちが開発しているSiCエピウェハーも主にEVのパワー半導体に使われています。最近ではデンソー製のインバーターの駆動素子に採用され、トヨタ自動車が2023年3月に発売した新型EV「LEXUS RZ」に搭載されました。SiCパワー半導体素子のインバーターへの採用はデンソーでは初となります。

SiCエピウェハー

――レゾナックのSiCエピウェハーは、他社製品と比べてどんな点が優れているのでしょうか?

馬渕:お客さまからは、「他社よりも欠陥がかなり少ない」とよく言っていただきますね。半導体チップは、円形のウェハーから切り出して製造されますが、ウェハーの欠陥が多いと、その分だけ不良品割合の上昇を招いてしまいます。大電流用途の場合はチップが大型化されるため、とくに低欠陥が求められます。1か所でも欠陥があると、その大きなチップがまったく使いものにならなくなってしまうからです。品質要求の厳しい大チップにおいて、弊社のSiCエピウェハーの品質は、世界最高水準であると自負しています。

SiCエピウェハーの製造風景

 

――かなり高度な技術が要求されるんですね。

馬渕:そうですね。SiCエピウェハーは、大きく①円柱状にSiCの結晶を成長させる ②結晶をスライスして研磨する ③基板の表面に薄膜を形成する、という3つの工程でつくられます。さらに、弊社内で厳しい検査を重ねて、ようやく出荷となります。③の工程は「エピタキシャル成長」といい、かなり繊細なオペレーションが求められます。膜の厚さは5~30ミクロンほどで、肉眼では確認できません。1500℃以上の高温下でガスを吹きつけて薄膜を少しずつ成長させていくのですが、均一の厚さで平滑にするのが非常に難しい作業です。

お客さまが求める性能を満たすためには膜の厚さや層構造をそれぞれ調整する必要があるため、SiCエピウェハーの製造はほとんどオーダーメイドです。そのため開発担当者が自らお客さまの元へ足を運んで、技術的なすり合わせをします。その点が特徴的とも言えます。営業担当だけではなく、技術者が直接お客さまとコミュニケーションをとりながら開発、製造をしています。

 

「自分のために」から「世の中のために」

――馬渕さんが考える、SiCエピウェハーの開発のやりがいは?

馬渕:一番のやりがいは、やはり時代の潮流とマッチしていることですね。近年はカーボンニュートラルの実現に向けて、自動車の電動化もそうですが、再生可能エネルギー由来の電力活用がさまざまなシーンで進められています。電力ロス低減につながるSiCパワー半導体の需要は、今後ますます拡大すると見込まれています。今この時代に世の中から求められている製品の製造に関われることが、純粋にうれしいですね。

あと、研究職というとラボに籠って実験に打ち込んでいる姿をイメージされる方も多いと思いますが、前述のように外に出て、さまざまなお客さまと出会えるのもおもしろいところです。アメリカやヨーロッパなどへの出張では、いま世界で何が求められているのか直接お客さまから話を聞くことができますし、貴重な経験だと思います。

――グローバル規模でSiCエピウェハーへの注目が高まっているんですね。

馬渕:そうですね。私が入社した2015年はまだ世間の注目度は高くはなく、市場や当社の成長スピードも今ほど早くありませんでした。当時のチームメンバーは今より少人数で、研究開発からお客さまとの打ち合わせ、製造ラインの管理まで、一人で何役もこなさなければなりませんでした。正直、体力的にきついと感じることもありましたが、それでもやはり“未来に向かってものをつくっている”という感覚が楽しくて、つらくはありませんでした。

それに新人のころからさまざまな業務を担当させてもらったことが、いま大きな財産になっています。現在、成膜開発チームリーダーを務めていますが、大切にしているのは、「なるべくチームのメンバーに任せる」ということです。

私自身、若いうちから1人でいろいろな仕事を任せてもらって、できることが増えるとその分やりがいも大きくなるということを実感しました。それがモチベーションになって、さらにまた自分自身が成長できた。そうした経験を、いまの若いメンバーにもさせてあげたい。だから、研究がうまくいっているときは、なるべく口を出さないで、見守るようにしています。

 

――SiCエピウェハー事業とともに、馬渕さんも技術者として成長されてきたんですね。

馬渕:本当にそのとおりだと思います。正直、入社当初は自分のキャリアしか見えない中で頑張っていましたが、徐々に権限が与えられて、責任も大きくなるなかで、「自分のため」から「会社のため」「お客さまのため」「社会のため」と、だんだん視野が広がってきました。先ほども申し上げましたが、なぜSiCエピウェハーの開発を一生懸命やっているのかというと、やっぱり今の世の中に求められているからなんですね。もちろん会社に利益をもたらすことも大事ですが、技術者にとって一番大切なのは、「世の中に貢献したい」という気持ちだと思います。その気持ちが日々の仕事の情熱になるのではないでしょうか。

 

トップランナーでいられるのは、お客さまから鍛えてもらったおかげ

――では、あらためてレゾナックのSiCエピウェハー事業の強みについて教えてください。

馬渕:いいものをつくるための総合力でしょうか。先ほど、SiCエピウェハーの製造工程は大きく3つに分かれると言いましたが、お客さまからの要望は即時各工程の関係者にフィードバックして、工程間で共通認識・共通目標のすり合わせをします。密にコミュニケーションをとりながら連携して、お客さまが求める基準まで製品品質を引き上げているのです。

いまレゾナックがSiCエピウェハーのトップランナーでいられるのは、多くのお客さまから鍛えてもらったおかげです。私たちはデバイスメーカーではないので、実際の製品の使用用途に応じてどのような不良が起こるのか、お客さまにフィードバックをいただかないとわからないんですね。

試作品を納めて、フィードバックをもらって、そのフィードバックを分析して、改良品をつくって納めて……と、何度も何度もすり合わせを行いながらお客さまの期待に応えてきました。その積み重ねが、技術の幹を大きく太くしてくれました。最終的にいいものを提供すれば、ちゃんとお褒めの言葉をいただける。すごくフェアな業界です。お客さまの高い要望に、実験を繰り返してデータという結果で応えられたときは、やはりうれしいですね。

また、最近では社内でもSiCエピウェハーの関心も高まってきているのも感じます。計算情報科学の部署の方から、開発のサポートを提案いただいたこともありました。当初から携わっている身としては、事業として大きく成長したなと、感慨深いものがあります。

馬渕さんらSiC部メンバー

 

――社内の他部門と連携するうえで心がけていることはありますか?

馬渕:相手を尊重することです。「やっている人が一番えらい」ということは忘れずに、相手の考え方や事業への取り組み方を、相手の立場になって考えるようにしています。今振り返ると、昔はずいぶん自分勝手な要求をしていました。そういう反省も踏まえて、チームの垣根を越えて仕事をする方法を学んできました。

結局、自分ひとりでできることには限界があるので、各々が強みを発揮しながら連携できる組織が一番強いと思います。今のチームには、リーダーの私よりも研究能力にすぐれたメンバーもいますし、機械設備の管理・開発が得意なメンバーもいる。私自身はお客さまと直接話すのが好きです。そういうメンバー一人ひとり独自の強みを発揮できる環境を整えてあげたいですね。

 

――最後に、今後の目標について教えてください。

馬渕:SiCエピウェハーの大口径化です。現在の直径150mm(約6インチ)サイズの製造技術をベースとした、直径200mm(約8インチ)サイズのエピウェハーの量産化が当面の目標です。直径が大きくなれば、その分だけチップの収量も増えるので、生産効率の向上に貢献できます。 生産効率が上がれば、「SiCパワー半導体」の製造価格も下がって、さらに普及も進むと思います。やはり自分が開発に携わっている製品が、世の中で広く使われ、評価されることはうれしいので、なかなか大変ではありますが、早期に大口径化を実現したいと思います。ご期待ください。

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