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【前編】材料開発のデジタル化には、技術者一人ひとりの意識改革が欠かせない

2023年04月21日

国際競争力の低下が続く日本の製造業にあって、希望の光となっているのが「材料」である。半導体材料の領域においては、世界シェアの約50%を日本メーカーが占めている。それらの材料の多くは、各メーカーが10年単位の開発期間をかけて完成させてきたものだ。しかし、材料に求められる機能が高度化し、さらに猛烈な勢いで技術革新が進む現代にあっては、よりスピーディーで高効率の研究開発が求められる。

そこで近年、注目を集めているのが、デジタル技術を活用した材料の研究開発手法「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」だ。しかし、材料開発のデジタル化には、その基盤となるデータ収集の体制整備だけでなく、社内の風土改革が欠かせない。レゾナックのデータ解析部門で、このことを痛感した橋本崇希が、研究開発者のデータ蓄積への意識変革に向け、AI勉強会を発足させた。社内におけるAI活用を広げていくために必要なことはなんなのか。AI勉強会を行っている橋本と、AI勉強会に参加し、その知見を自部門のメンバーに広げている川又綾乃、芝田夏実の3名に話を聞いた。

AI技術を材料の領域に適用する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」

――まずは橋本さんの経歴について教えてください。

橋本:2018年に入社し、2022年まで計算情報科学研究センターに所属していました。部署の主な業務は、原子・分子レベルのシミュレーションやAI解析による個別製品の課題解決を行い、全社の研究開発を推進することです。簡単に言うと、「デジタル技術で研究開発を牽引する部門」ですね。

2023年、新たに組織されたデジタル教育・育成部に移り、勉強会を開催したり、デジタル教育用の教材やコンテンツを用意したりと、社員のデジタル技術の知見とリテラシー向上に取り組んでいます。これはレゾナックの全社的なIT・デジタル分野の目標でもあります。

株式会社レゾナック デジタル教育・育成部 デジタルアカデミーグループ 兼 共創の舞台 技術データプラットフォームグループ 橋本崇希

――さまざまな業界でAI活用が推進されていますが、化学業界におけるAI活用とはどのようなものなのでしょうか?

橋本:近年、注目を集めているのは「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」という、AI技術を材料開発の領域に活用する取り組みです。

MIを導入する大きな目的は、データを駆使して実験効率を上げることです。従来、新素材を開発するためには研究開発者の経験や感覚に頼ることも多く、実験を属人的かつ網羅的に行っている状況が多々ありました。それがAIを用いることで、過去の実験データなどから予測を行い、目標の性能をクリアする可能性が高い条件に、より早くたどり着くことが可能になりました。

データの重要性に気づいてほしくてAI勉強会を開催

――そんなAIの理解を深めるために、社内向けの勉強会を開催されたと聞きました。どのような経緯でこの取り組みをはじめたのでしょうか。

橋本:当時、所属していた計算情報科学研究センターでは、研究開発部門から製品特性の改善といった相談を受け、実験データにAI解析を適用し、材料組み合わせの提案などを行っていました。しかし、送られてくるデータは、物性値や実験で使用した機器名など、データ活用をするために必要な情報が入っていないことが多くありました。これは過去の実験結果を振り返る前提で記録されていないことや、部門内の暗黙知で書かなくても分かるという意識からでしょうか。不足情報があると、どんなAI技術を使っても予測精度を上げられず、研究開発部門の課題を解決するのに十分な提案ができなくて、悔しい思いをしていたんですね。

AI技術で材料開発を加速するには、私たちAI解析専門家のスキルや努力だけでなく、研究開発者がデータ活用に必要な情報を意識して溜めていくことがとても大切なんです。そのため、研究開発者の皆さんにAI技術の基本原理を理解してもらって、データ活用に適したデータを溜めてもらいたい。そして予測精度を上げることで、材料開発の効率化につなげたい。そんな想いで、はじめたのが「AI勉強会」です。

――本来の業務と並行して、勉強会を開催したということですか?

橋本:そうですね。当初は本来の業務のAI解析を通して感じていたデータ活用の知見を、社内に共有してより良い解析結果につなぐことができればと考えて並行して行っていました。現在はデジタル教育・育成部にいるので本来の業務として勉強会を開催できつつあります。

――では、AI勉強会はどのように進めていたのでしょうか?

橋本:2019年の夏ごろから千葉事業所で週1回、有志の参加者を募って行いました。私が講師を務める授業形式で、最初の半年は機械学習等のAI解析やプログラミングについての基礎を学び、その後1年は実習です。参加者の方々に職場の課題を持ち寄ってもらい、AI解析やプログラミングによるデータ整理などの作業効率化を実践してもらいました。

参加者は毎回10~20人ほどで、若手の研究開発者が中心。今日ここにいる川又さんと芝田さんは、とくに積極的に参加してくれた2人です。

――お二人はどうして参加されたのですか?

芝田:私は同期の橋本さんがやっている勉強会だから受けてみようかな、と。

川又:私は機会があれば、AIについて学びたいとずっと思っていました。薬学部の学生だったときに、「創薬の現場ではAIの導入が急速に進んでいる」という話を聞いて、興味があったんです。そして、レゾナックに入社して働いていくなかで、化学メーカーは他の製薬メーカーなどよりもAI活用が遅れているように感じていたところ、勉強会のお知らせのメールが来たので、これはいい機会だと思って参加しました。

レゾナック モビリティ事業本部開発センター ユニット部品開発部 熱硬化製品開発グループ 川又 綾乃(写真左)、レゾナック 高分子研究所 機能分子化学研究部 クロスファンクショナルグループ 川崎チーム 芝田 夏実(写真右)

――実際のところ、化学業界は、ほかの業界よりもデジタル化、AI化が遅れているのでしょうか?

橋本:そう感じます。その理由のひとつには、扱う素材や材料によって装置や機器が異なるという事情があると思います。ですから、各装置から出力されるデータの形式もバラバラで統一的なシステムの導入もしにくいのが実態です。

川又:あとは、マインドの問題もあるかと思います。そもそもAIがどんなものか分かっていないと、どうしても「自分の仕事を奪う敵」みたいに感じてしまいますよね。「AIは研究開発を助けてくれる良きパートナー」という認識が広まれば、化学業界のAI化はもっと進むのではないかと。AI勉強会に参加して、より一層強く思うようになりました。

――それでは具体的にAI勉強会に参加してみての感想を教えてください。

川又:最初は、「どんなすごいことができるんだろう」というミーハーな気持ちで参加しました。しかし、初回で「AI解析は意外と地味で、数学を解くだけです」と橋本さんに言われて、正直ちょっと拍子抜けしましたが、それと同時に「じゃあ自分にもできそうだな」と思いました。

ほかに印象に残っているのは、「チェスや将棋など、限られたルールの中で最適解を導き出すのはAIの得意分野だけど、決められたルールがそもそもない研究開発ではAIは万能ではない。研究開発者の知見もすごく大事」という言葉ですね。AIも研究開発の仲間として、うまく使っていけばいいのかと考えが変わりましたね。

芝田:私はデータ活用に適したデータをちゃんと取ろうと思うようになりました。データを解析する人が予測精度を高められるように、必要な情報が揃っていて、形式やフォーマットが整っているデータを取る大切さを学びました。

実体験として、勉強会に参加していた当時は千葉事業所でハードディスクの材料を研究中で、従来品の性能を向上させるための候補材料を探していました。その候補材料を探すのにAI解析を活用しようとしたのですが、過去の実験データの形式がバラバラでできなかったんですね。求める物性の記入が抜けている、使用した機器の情報がない……というような状況です。

AIを活用するためには、その解析の基となる「データの質」が欠かせないということを、身をもって学びました。

橋本:データを抜けがなく正しい形式で記録しようという意識改革は、データ活用において非常に重要です。

たとえば、あらゆる実験データを一元管理して、社員の誰もがアクセスできるシステムを導入したとしても、そのデータの中身が記載した研究開発者ごとに違っていたら、効果は半減してしまいます。質の高いデータを蓄積することの重要性を全社員で共有することができれば、レゾナックの材料開発は、さらなる加速ができると考えています。また、他社とも同様の考え方を共有できれば、最終的には化学業界の材料開発を牽引するような存在にもなっていけると思います。

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