日本発・シリコンバレーの大連合。半導体の新潮流を見逃すな
2025年02月20日

AIの急激な進化に伴い激変する半導体業界。そんななか、ある日本企業が世界に向けて新たなうねりを起こそうとしているのをご存じだろうか。
その企業こそ、半導体の後工程材料でトップクラスの世界シェアを誇るレゾナックだ。
2024年7月、日米の半導体関連企業11社を巻き込んだコンソーシアム「US-JOINT」を米シリコンバレーで旗揚げ。半導体設計コンセプトの最先端であるGAFAMをはじめとしたテック企業と共創する、次世代半導体の一大研究拠点をつくるというのだ。
なぜいま動いたのか。半導体トレンドは、どんな局面を迎えているのか。
株式会社レゾナック 業務執行役兼エレクトロニクス事業本部副本部長の阿部秀則氏に、NewsPicks Studios取締役 Executive Producerの木嵜綾奈が話を聞いた。
「大きな半導体」の正体とは
木嵜:まずは激変の半導体業界の潮流からお聞きしていきたいのですが、こちらに置いてあるのは、実物の半導体ですか?
阿部:ええ、これはAIデータセンターなどで使われる、実物の半導体パッケージです。最先端の半導体パッケージは、これくらいの大きさが主流になっています。
木嵜:半導体といえば、ピンセットで掴むくらい小さいイメージだったので、驚きました。こんなに大きいものもあるんですね。
阿部:イメージを持たれている通り、従来半導体は「小さくする」ことが技術開発の中心でした。チップ上にできるだけ多くの回路を敷き詰めて微細化し、半導体の性能を高めてきたのです。
ところが現在の半導体需要のけん引役は、スマホやPCなどの精密機器から、クラウドデータセンターのAIサーバーなどに変わりつつあります。こうした用途で求められるのは、膨大な計算を高速で処理できる高性能な半導体で、小さくする必然性はなくなります。 そうした背景で、大型の半導体がいま、新たな開発潮流になっているのです。

木嵜:それは知りませんでした。用途によって、求められる半導体もガラリと変わるのですね。そうした需要の変化を受けて、半導体産業にはどんな変化が起きているのでしょう?
阿部:半導体製造のプロセスは大きくウェハーに回路を書き込む「前工程」と、半導体チップをパッケージする「後工程」に分かれますが、いま注目が集まっているのが「後工程」です。「前工程」における微細化は、先ほどお伝えした需要の変化という観点に加えて、技術的な難しさもあります。物理的にすでに相当小さくなっているため、さらに微細化を進めることは技術的にもコスト的にもかなり難易度が高いのです。
そこで期待されているのが「後工程」。複数のチップを組み合わせるパッケージング技術を高めることで、経済合理性のある方法で高性能半導体として完成させることができる。つまり、技術的な伸び代が大きいのです。実際、米国政府は後工程を担う半導体企業に補助金を出していますし、Intelなどの大手半導体企業も後工程への投資を発表しました。
木嵜:阿部さんは「後工程の時代が来る」と、以前から感じていたのでしょうか?

阿部:いえ、私が新入社員だった1990年代は、半導体の後工程は市場規模も小さく軽視されており、ここまで脚光を浴びる存在になるとは想像もできませんでしたよ。1980年代をピークに、日本の半導体シェアは低下していきましたが、材料や装置の領域はいまも昔も世界をリードする存在です。後工程は材料の果たす役割が大きいため、材料に強みを持つ日本の半導体産業には、大きなチャンスが訪れていると感じます。
なぜいま「シリコンバレー連合」なのか
木嵜:そんななかで、レゾナックは2024年の7月、シリコンバレーに拠点を置くコンソーシアムである「US-JOINT」を立ち上げました。どういった意図があるのでしょう?
阿部:「US-JOINT」は、GAFAMなど未来の半導体トレンドを生み出す企業と一緒に、次世代半導体の共同研究を進めることを目的に立ち上げたR&Dコンソーシアムです。日米の材料・装置メーカー11社から成り、2025年の稼働開始を目標にいま準備を進めています。

この旗揚げの前提にあるのは、材料・装置メーカーが「共創する」ことの重要性です。高性能な半導体パッケージを作るためには、材料ごとではなくパッケージ全体で高いパフォーマンスを出すことが求められます。1社でできることには当然限界があるし、材料や装置を組み合わせた状態で半導体パッケージを再現・評価できる環境も必要です。だからこそ、互いの知見を持ち寄って「すり合わせ」をしながら共創するプロセスが不可欠なのです。

木嵜:なるほど。一方で、日本国内の材料・装置メーカーと共同研究し、それをアメリカに輸出するというやり方もあるのでは?あえて物理的な拠点をシリコンバレーに置いた理由を教えてください。
阿部:「こういう性能の半導体を作りたい」というニーズは、常に顧客である半導体メーカーから生まれます。私たちのような材料メーカーは、その要望に応えるべく研究開発を進めるのです。
だからこそ、常に顧客の近くにいることがまず重要です。物理的に顧客の近くにいれば、市場のニーズをリアルタイムに捉え、緊密なすり合わせを行えるためです。
GAFAM等のメガテック企業が自社で半導体を作る動きも加速するなか、テクノロジーの中心であるシリコンバレーに拠点を作る意味は大きいと考えています。 さらに半導体業界では、最初に採用された素材や技術がそのまま標準となることが多い。 半導体の進化をリードする存在になるには、そのコンセプトが誕生する場に居合わせ、完成まで関わり続けることが必要になるんです。

木嵜:非常に興味深いですね。顧客の要望を常に聞ける環境を作ることが、次世代の半導体を作るカギになる、と。
こうした研究拠点は、シリコンバレーでも珍しいのですか?
阿部:ええ。GAFAM等のテック企業にも半導体設計のエンジニアはいますが、実際のモノを見ながら試作評価できる環境は、シリコンバレーにはほとんどなくなっています。 そこは、ものづくりにおいては弱点になる。だからこそ、彼らが先端パッケージや材料を至近で組み立て評価できるインフラを整えることで、大きな価値を提供できると考えています。

「見ただけで真似できる」なら強みではない
木嵜:US-JOINT」の意義はよく理解できましたが、改めて壮大な計画ですよね。企業や国の枠を超えた共創という難易度の高い挑戦に、なぜ踏み切れたのでしょうか?
阿部:実は「US-JOINT」の前に、国内の材料・装置メーカーと一緒にコンソーシアム「JOINT」「JOINT2」を運営しており、そこで一定のビジネス成果を上げられたことと、コンソーシアム運営のノウハウを蓄積できたことは、大きな決め手の一つでした。
具体的には、半導体メーカーが実施するテストに近い評価試験ができるように、参画企業の材料と製造装置を組み合わせて評価プラットフォームを構築しました。 そうした活動をするなかで、論文発表につながる技術的発見ができたり、新たな協業ビジネスも生まれたりしています。 この手応えがあったからこそ、「US-JOINT」に踏み切れました。
木嵜:素晴らしい取り組みですね。とはいえ、コンソーシアムとは言いつつ各社は競合同士ですから、重要なノウハウが漏れてしまうことへの懸念はなかったのですか?
阿部:もちろん、重要なノウハウにあたる部分を開示することはできませんが、開示可能な範囲で共有し合うだけでも、協業する上では十分有用です。 2019年に半導体関連企業のオープンイノベーション拠点としてパッケージングソリューションセンターを開設した際にも、社内から「競合に見学させていいのか」という声が上がりました。 ですが、「見られて真似される程度の技術なら、本当の強みではない」と社内を説得しました。そう断言できたのはもちろん、積み重ねてきた技術と仲間に対する信頼があったからです。

神奈川県川崎市にあるレゾナックのパッケージングソリューションセンター
木嵜:阿部さんの「共創」にかける思いが伝わりますね。その原点はどこにあるのでしょう?
阿部:かつて日本の材料メーカーの間には、交流なんてほとんどなかったんです。「他社の社員とは一切話すな」くらいの風潮がありました。 コンプライアンス遵守は重要ですが、それ以上に、過度なライバル意識もあったのかもしれません。 しかし、20代でシリコンバレーに駐在した際、競合企業の社員同士が活発に情報交換する姿や、こうした交流から新しいコラボレーションが生まれる状況を何度も目の当たりにしたんです。 ワクワクすると同時に、そういう横のつながりがない日本の状況に大きな危機感を覚えました。そういった体験が、一連のコンソーシアムを作る原動力になっていると感じます。こうした共創の現場で大切な言葉が、「そういえば」ではないかと思っているんです。
木嵜:「そういえば」ですか?
阿部:ええ。対面のミーティングが終わってホッと一息ついて、エレベーターまで歩いている時に「そういえばあれって……」と何気ない会話が始まることがありませんか? 実はこういったふとしたひらめきが、新しい価値につながることが多いと感じているのです。これは、オンラインミーティングではなかなか起こらない。 「US-JOINT」も同じで、顧客となるGAFAM企業やコンソーシアムの仲間となる企業と、気軽に雑談し合える関係や場を築くことで、次世代半導体に向けたイノベーションの種を生み出したいと考えているのです。

「ビジネスで負ける」を卒業しよう
木嵜:US-JOINTは稼働に向けて準備を進めている段階とのことですが、リリースからこれまでにどのような反応がありましたか?
阿部:反響は予想以上に大きいですね。これまで関わりのなかった企業からもさまざまな問い合わせやお誘いをいただいています。
これを機にアメリカの半導体関連のイベントに登壇したり、業界関係者とコミュニケーションを深めるなどして当社の認知を広げ、US-JOINTに関わる企業や人を増やす活動にもいま力を入れているところです。
木嵜:正直日本企業は、こうしたリーダーシップをあまり得意としないイメージがありました。
レゾナックが旗振り役となってUS-JOINTを設立したことで、参加する日本の半導体関連企業にとっても大きなチャンスが生まれそうですね。
阿部:ええ。単独では米進出の決断ができなかったという企業から、ぜひ参加させてほしいという申し出も受けています。ご指摘の通り、日本企業は卓越した技術を持っていてもそれを世界に伝えきれず、「技術で勝って、ビジネスで負ける」状態が続いてきたのが現実です。国境を越えた共創がもちろん大前提ですが、US-JOINTを通して日本企業の技術力を発信し、存在感を高めることにも貢献していきたいですね。
木嵜:US-JOINTが具体的な成果を挙げるころ、半導体にはどんな未来が待っているのでしょうか。

阿部:半導体の進化でいま注目されているトレンドに、チップレットという技術があります。 従来は前工程でできるだけ多くの機能を一つのチップに入れ込んで機能させようとしていたのに対し、チップレット技術を使えば、機能の異なる半導体チップを基板上で組み合わせて一つのパッケージに収めることができます。
この技術を活用すれば、個々のユーザーにパーソナライズされた半導体を低コストで完成させることも可能になります。 そうすれば「使い方はライトなので、バッテリーは1週間持ってほしい」「電源につないだままでいいから、最高の画質でゲームや動画を楽しみたい」といったさまざまなニーズにあわせて、半導体をカスタマイズできるようになるのです。 自分のライフスタイルにピッタリの電化製品を、気軽に入手できる世界が来るかもしれません。
木嵜:それは嬉しい進化ですね。非常に楽しみです。
阿部:新しい半導体コンセプトを検証するコンソーシアムとして、US-JOINTのアウトプットはものすごい可能性を秘めていると、私自身もとても楽しみです。
こうした企業の枠を越えた共創によって、後工程材料やプロセス技術のR&Dを加速させられる。そうすることで、半導体産業全体の進化のスピードも上げられると考えています。 そうした未来の一端を担えるよう、US-JOINTを起点に邁進していきます
執筆:森田悦子
撮影:大橋友樹
デザイン:Seisakujo inc.
編集:金井明日香
NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。
2024-12-13 NewsPicks Brand Design
※2024年12月13日公開。所属・役職名等は取材当時のものです。
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