レゾナックナウ

一緒に知ると面白い。AIと半導体の「共進化」最前線

2025年02月04日

AIが急速な進化を遂げるなか、“気の利く秘書”のように仕事をこなすAIや、個人にカスタマイズされたあなたの“専属AI”が実現する日も遠くない。

一方で、その実現に必要な次世代AIには、半導体(=ハードウェア)側の進化が欠かせないのをご存じだろうか。

産業の中心として、いま最も注目を集めるAIと半導体。

それぞれの業界のキープレイヤー同士の対談が実現した。

東大松尾研究室発のAIスタートアップ、ELYZA代表の曽根岡侑也氏と、日本を代表する半導体材料メーカー、レゾナック取締役 最高戦略責任者(CSO)兼最高リスク管理責任者(CRO)の真岡朋光氏が、その「共進化」の道筋を探る対談の様子をお届けする。

AI競争を勝ち抜くカギは?

真岡:今日はAI×半導体がテーマの対談ということで、非常に楽しみにしてきました。いま世界中でAI開発競争が激化していますが、何が勝負のポイントになっているのか、まずはそこから教えていただけますか?

曽根岡:2022年にChatGPTのチャットボットが公開されてからのAIの進化は、本当に目まぐるしいですね。ほんの数ヶ月で開発トレンドが移り変わり、AIの性能も異常な速さで高まっています。そんなAI開発のポイントは、大きく3つに集約されると考えています。

1つ目は、半導体を確保できるか。AIの学習には、膨大な計算処理が求められます。それに適した半導体として、エヌビディアが開発する「GPU(Graphics Processing Unit)」が、いまのAI開発には欠かせない存在になっています。
2つ目は、AIが学習するためのデータを入手できるか。AIが出すアウトプットの精度は、学習したデータの量と質にかなり依存するためです。
そして3つ目は、言うまでもなく、優秀なAIエンジニア・研究者を雇えるか。
この3つをとことんやり尽くすのが、AI開発で勝ち残るための定石です。

ご察しの通りどれも難易度が高いのですが、特に直近で流動的なのがGPUの確保。GPUは世界的な生成AIブームで需給がひっ迫し、2024年初期までは、まさに「争奪戦」の様相でした。買いたくても買えないので、データセンターにある、GPUを搭載したサーバーを借りるのですが、その予約すらできない状況だったんです。

真岡:そのような環境下で、曽根岡さんが率いるELYZAは、OpenAIの「GPT-4」を上回る日本語性能を達成した大規模言語モデル(以下、LLM)を開発したことで業界の注目を集めましたよね。

曽根岡:この群雄割拠の状況下での戦い方は、我々もかなり頭を悩ませました。というのも、いまのAI開発で競争優位を得るためには、何と言っても「資本力」が物を言うのです。
たとえば圧倒的な資金力や既存のプラットフォームを持つグーグルや、マイクロソフトと連携するOpenAIなどの主要プレーヤーは、多くの企業がGPUを確保できず身動きが取れなかった状況でも半導体を買い集め、驚異的なスピードで自社プロダクトの改善を進めてきました。一方で我々のような日本のスタートアップにとっては、資本力において全く勝ち目はありません。

そこで考えたのは、LLMをゼロから開発するのではなく、海外企業が開発しオープンに公開しているLLMに日本語を覚えさせるアプローチを取ることです。 そうすることで、必要な半導体の量を50分の1程度に抑えつつ、日本語でのアウトプットにおいて高い精度を出すことに成功しました。 真正面から戦うのではなく、優位に立てる分野や差別化ポイントをいかに見極められるか。国内のAI開発においては、いまここが論点になっていると考えています。

真岡:日本企業ならではの素晴らしい創意工夫ですね。お話をお聞きして、AIと半導体は密接に関わり合っていることを、改めて感じました。

私たちレゾナックは、半導体の後工程領域に強みを持つ材料メーカーですが、そもそも半導体は、AIだけでなくさまざまな機械や電化製品に使われています。ですが昨今の半導体市場の盛り上がりは、率直に言ってAI一色。 というのも、現在6000~7000億ドルと言われている半導体の市場規模は、2030年には1兆ドルに達すると試算されていますが、この成長分の大半はAI関連が占めるといわれているのです。
AI領域からの需要で半導体市場が成長し、一方でAIも半導体の進化なくして精度を上げられない。まさに二者は共に進化していく関係にあると思います。 そうした背景もあり、今日はAI側の発展の見通しもぜひお聞きしたいと思っています。AI業界のど真ん中で事業をする曽根岡さんから見て、近い将来AIはどう進化するとお考えですか?

曽根岡:AIと半導体の共進化、本当にその通りですね。直近のAIの発展については、重要なトピックが2つあると考えています。ひとつは「AIエージェント」です。 現状は、「生成AI」と言われている通りで、「こういう文章を作って」「こういう絵を描いて」というように、具体的な指示をして、結果として画像や文章が生成される状態です。 一方で今後は、「生成AI」というより「行動AI」という方が適切で、抽象的な指示をして、そこに至る具体的なプロセスを指示しなくても、AIが必要な行動のプロセスを設計して、実際にアクションを取ってくれるようになります。
たとえば営業パーソンが「お客様との商談の準備をして」と伝えるだけで、AIがウェブ検索して相手先のビジネスとその現状を把握し、相手先の心をつかむ商材を選び提案ストーリーを考え、それに沿った資料を作成してくれるといった具合です。 こうしたAIエージェントは、今年から社会実装が始まっています。

そしてもうひとつは、AIのアウトプットが現状よりコンテクストを理解して、さらに「気の利く」ものになってくるという発展です。というのもAIが一度に処理できる情報量が、いま飛躍的に増えています。
これはたとえるならば、人間の短期記憶の容量が増えているようなもの。日本語の場合、昨年までは1万文字程度だったのが、すでに200万文字まで拡大しています。
そうすることで、たとえば過去に実施したすべての会議の議事録を読み込ませて、「今日は何をすべきか教えて」といった問いにも適切な回答をしてくれるようになりますし、膨大な量のマニュアルも参照できるので、人間の仕事をより適切にサポートできるようになるのです。
こうした進化が起こることで、個人に合わせて最適化されたパーソナルAIも、より身近な存在になると考えています。言い換えれば「あなた専属のAI」とも言えるでしょうか。
この変化は、早ければ1、2年で訪れるのではと考えています。

ソフトの進化にハードは追いつけるか

真岡:それは非常にワクワクしますね。こうした便利なAIを実現させるために、より大容量のメモリを持ち、高性能の計算処理ができる半導体が必要になってくる。しかし悩ましいのが、ハードウェアの進化の速度は、ソフトウェアに比べてどうしても遅いという点なのです。ソフトウェアとハードウェアの進化はいわゆる「ワニの口」状態で、スピード感は異なっています。このギャップは、GPU争奪戦を過熱させる原因にもなりました。

このギャップをいかに小さくできるか。まさにいま、各社がさまざまなアプローチでこの課題に挑んでいる最中です。 たとえばアマゾンやマイクロソフトなどのいわゆるGAFAMと呼ばれる企業は、自社のサービスに最適化したAI開発を目指し、独自の半導体開発に乗り出しています。 また、さまざまなスタートアップが、より計算処理、効率に優れた半導体を開発すべく、次々と市場に参入しています。

曽根岡:メモリ容量や計算速度に加えて、AIを稼働させるためのデータセンターの莫大な電力消費も大きな課題になっています。今後半導体の処理能力を高めるために、どのようなアプローチが考えられるのでしょうか?

真岡:まさに、当社のような半導体材料メーカーの技術が試される局面だと考えています。 これまで半導体の処理能力を高めるために、半導体製造では、主に回路を形成する「前工程」での技術革新でチップの微細化が進んできました。ですが、この微細化は技術面・コスト面での難易度が高まっています。
そこで、半導体をパッケージングする「後工程」において、ひとつのチップに大きな回路を描いていた方法に代わり、複数のチップを横に配置したり、縦に積み重ねて集積度を高めたりする方法が、高性能化の新たな牽引役になろうとしているのです。

こうした半導体の処理能力の向上に加えて求められているのが、電力消費を抑えることです。この両方を実現するために、材料の力が不可欠になるのです。
特に省電力に関しては、部品の積み重ね方を工夫し、チップ間の通信ロスを減らすアプローチで半導体製品全体の省電力に挑んでいます。ここには、当社が培ってきた材料の知見が存分に活かされているんです。

曽根岡:部品の積み重ね方がポイントになるんですね。

真岡:ええ。でもそう聞くと「なんだ、重ね方だけの話か」と思う人もいるかもしれません。これが実際は本当に大変なことなんです。 ひとつの半導体といっても、その中には実に多くの材料が使われています。 一方の特性を引き出そうとすると別の材料の特性が失われるといったトレードオフがいたるところで発生するからこそ、極めて複雑なすり合わせが必要になる。
自分たちでも「よくこんな複雑なものを作っているな」と、ふと我に返ってしまうくらい(笑)。
それくらい複雑な構造と、それを支える高度な半導体材料が求められるからこそ、当社の腕の見せ所だと考えています。

AI半導体は多様化する?

真岡:AIのさらなる進化を起こすべく、曽根岡さんは今後の半導体にどのようなことを期待しますか?

曽根岡:あくまでもAI開発企業視点のコメントになりますが、AI半導体はもっと多様化してもいいのでは、とは感じています。 というのも、現在AIに使われる半導体の主流であるGPUは、「AIが稼働する全プロセスにおいて最適な選択肢か」と問われれば、そうでもないのです。 たとえばこれからAIの一般活用が浸透し、AI開発だけではなくAIの利用段階での半導体需要が増えていく際に、データを「学習」するためだけではなく、学んだAIで「推論」する使われ方も増えていきます。

実はGPUは、この「推論」に最適な半導体というわけでありません。GPUほどのパワーが不要な過程にもGPUを使い、エネルギーが非効率になっているケースもある。そう考えると、それぞれの過程に特化した半導体があってもいいのではと思うのです。

真岡:非常に大事なポイントですね。AI半導体の多様化は、まさに今後キーワードになってくると思います。 また半導体の進化がどのような形になろうとも、AIの進化が加速し、情報の入力と出力が増え続けて処理が複雑化することは変わらないでしょう。 半導体の進化を担うプロセスにおいて、後工程の重要性が高まっているいま、パッケージング技術やその材料に、よりタフで繊細な要件が求められます。 しかし、ひとつの企業でできることには限界がある。ですから、これからの半導体の進化を促すカギとなるのは「共創」だと考えています。 そこで当社が旗振り役となって、日本を代表する半導体の装置、材料、基板メーカー14社で共創コンソーシアム「JOINT2」を組織し、次世代半導体の実装技術や評価技術を確立していくための議論を重ねています。

また、2024年夏には主に後工程を担う日米の半導体関連企業10社による企業連合「US-JOINT」を設立しました。シリコンバレーに拠点を置き、米テックジャイアント各社との連携も進めながら2025年の本格稼働を目指しています。
最先端の試作ラインを備えた後工程技術の研究施設である「パッケージングソリューションセンター」とともに、共創とイノベーションの拠点として、次世代半導体の研究開発を進めていこうとしているんです。

曽根岡:そうした新しい動きが、日本から出てくるのはとても心強いですね。AI開発のスタートアップとして良いものづくりをするために、半導体は切っても切れない話なので、今後の展開がとても楽しみです。

真岡:ありがとうございます。まだまだAI半導体は、黎明期に過ぎません。市場の拡大に伴い、より多くのプレーヤーが参入し、新しい市場を作り出していくでしょう。 私たちに求められるのは今あるパイを奪いに行くという発想ではなく、AIがより多様な分野で活用され、社会を支える存在になっていくための市場を生み出すこと。企業連合を主導し、そうした土台を作っていきたいと思います。

執筆:森田悦子
撮影:小池大介
デザイン:小鈴キリカ
編集:金井明日香
NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。
2024-11-27 NewsPicks Brand Design

※2024年11月27日公開。所属・役職名等は取材当時のものです。

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