「草の根」で行こう。生産者と描く農業の未来地図
2024年11月06日
高齢化や耕作放棄地の増加など、多くの課題を抱える日本の農業。近年は、猛暑や多雨などの異常気象も加わった。
日本の食料自給率はカロリーベースで38%。持続可能な農業への取り組みは待ったなしだが、化学メーカーには何ができるのか?
今回のUNSUNG LEADER(知られざるリーダー)は、基礎化学品事業部 新事業開発プロジェクトリーダー、齋藤信(さいとう まこと)。
作物の力を引き出し、健全な生育を促進するバイオスティミュラント資材「クロピコ」の魅力を広めるため、社内外の架け橋となり全国を駆け回っている。
作物本来の力を引き出す新製品
「バイオスティミュラント」とは、あまり聞き慣れない言葉かもしれない。「スティミュラント」には「刺激剤」という意味がある。作物の生命力を刺激し、本来持っている力を引き出す。農薬や肥料とは異なる、新しい農業資材カテゴリーだ。ストレス耐性を高めることで、厳しい気象条件下でも収量を安定させることができる。
「クロピコ」は「まだ使われていない力があった」というキャッチコピーで、今年2月に本格販売が始まったバイオスティミュラント。主成分は、カニ・エビの殻や綿など天然物由来原料から抽出した数種類の機能性オリゴ糖だ。化学合成物質を一切配合していないので、生物にも環境にもやさしい。水で希釈して作物に葉面散布することで、発根を促進し、光合成効率を向上させる。効果において科学的なエビデンスを取得している数少ない製品だ。
齋藤は青森県出身。実家は兼業農家で、水稲とリンゴを栽培していた。大学では応用化学を修め、新卒で昭和電工(現・レゾナック)に入社。製造や営業も経験しながら開発畑を歩み、いくつもの新製品の導入に携わってきた。
現在は、新事業開発プロジェクトリーダーとして、クロピコの市場開拓のため日々、奔走している。良い製品を社会に実装するために生産者と企業、研究機関をつなぐ。その結果として社会に貢献し、さらに会社にも寄与できる今の仕事を「天職」だと考えている。
「産みの苦しみ」を味わう
農業の世界はシビアだ。生産者にとって、作物の不作は自らの収入源を失うことに等しい。だから、新しい製品や農法を試してもらうことは容易ではない。また、発足して間もないレゾナックの社名を知らない人も多い。生産者の信頼を得るのには時間がかかる。すぐにうまくいかなくてもあきらめない粘り強さが必要だ。「新製品の導入には『産みの苦しみ』がつきものです」と齋藤は話す。
クロピコは作物の基礎体力を高めるため、収量を安定させつつ、害虫や病気予防に使用する農薬コストを抑えることができ、生産者の利益向上にもつながる可能性がある。こういった持続可能な農業への貢献をめざすクロピコのコンセプトに、齋藤は手ごたえを感じている。
齋藤は生産者のもとにこまめに通い、徐々に信頼関係を築き上げていった。初めは距離をとっていた人たちも、豪快かつ誠実な齋藤の人柄に次第に心を開いていく。
共同開発先を求めて大学へ
クロピコの開発が本格化したのは約7年前。新規事業開発テーマの一つだった。レゾナックの前身である昭和電工には、肥料の原料製造においては長い歴史があり、工業的なノウハウの蓄積があった。しかし、「バイオスティミュラント」という新しい製品分野の開発には、農作物の生育に関する知識や、実際に使用した時の効果検証が必要になる。これまでとはまったく異なる、農業に特化したノウハウが必要だった。齋藤はあきらめず、社外にアプローチした。
「伝手なんてありません。インターネットで調べた関係分野の大学の先生にメールを送り、研究室のドアをたたいて協力をお願いしました 」
結果、北海道大学や名古屋大学、筑波大学、福井県立大学など、複数の研究機関と協力することになった。
クロピコは、開発に着手してから約3年で試験的な販売を始め、生産者からの高い評価を得た。そしてついに、2024年2月から本格的に販売を開始した。
猛暑でもみずみずしい長ネギ
福島県の太平洋沿岸部にあたる浜通り。その北部にあり、宮城県に隣接する新地町は、緑豊かな田畑が広がる静かな町だ。2011年の東日本大震災では震度6強の揺れに襲われ、波高9.3メートル以上の津波によって町の総面積の5分の1が浸水した。生産者が大切に守って来た田畑は、がれきと土砂に覆われた。
レゾナックのアンモニア物流拠点もこの町にあり、同じく震災の被害を受けている。地域の復興支援の一環として、レゾナックは新地町をはじめとする相馬地区の生産者にクロピコの無償提供を行っている。齋藤は年に数回訪れ、クロピコを導入した生産者に生育状況や困りごとをヒアリングしている。
その一人、佐藤知之(さとう ともゆき)さんは就農4年目の長ネギ農家。齋藤が7月末に訪ねた時は、長ネギの収穫作業に追われていた。皮を機械でむき、同じ長さに切りそろえて箱に詰める。
長ネギは猛暑が続くと、軟腐病などの病気にかかりやすくなる。アザミウマ、ヨトウムシなどの害虫も厄介な存在だ。長ネギ本来の「体力」を底上げし、ストレス耐性を高めるクロピコは、そういった環境下でこそ効果を発揮する。
「去年の夏は猛暑で畑が乾燥しましたが、うちはクロピコで根が強くなったのか、病気にもならず、無事出荷できました」と佐藤さんは話す。
水で千倍に希釈したクロピコを、機械を使って散布する。長ネギ自体が健康になるので、農薬の量は半分ですむようになった。
畑に植えられた長ネギは葉が肉厚でみずみずしい。「いいね、葉の先がつんつんしている」と、葉を触った齋藤は笑顔になる。
津波に襲われた田畑。復興は少しずつ
水稲・ニラ農家の目黒繁美(めぐろ しげみ)さんも、当時大きな被害を受けた。自宅は流され、田畑もほとんどが津波に飲み込まれた。
震災から5年後、津波の被害を受けた田んぼで米作りを再開した。しかし、塩害がひどく、米の収量は半分ぐらいに減った。
悩んでいた頃、クロピコのことを耳にした。
藁にもすがる思いで試してみると、苗の段階から、根がしっかりと張るのがわかった。
米作りには、「苗半作」という言葉がある。良い苗に育つかどうかが、その年の収穫を左右するという意味だ。使い始めてしばらくしてから、収量が上がってきた。現在、30haの水田で、コシヒカリと天のつぶ(飼料米)を栽培している。猛暑による米の乳白粒化も、クロピコ効果で起きにくくなった。
水稲の他、ニラをハウスと露地で栽培している。ハウスの中は夏、暑い時は40度を超える。ニラは暑いと、ニラ軟腐病といって、茎や葉が軟化し、腐ってしまうことがあるが、クロピコによって改善された。
目黒さんは現在、息子の良樹(よしき)さんと一緒に農業をしている。繁美さんが体調を崩したことをきっかけに、いわき市で働いていた良樹さんが戻って来たのだ。
「農業で稼ぐことは簡単ではないです。続けていくためには利益をあげないと。やり方を工夫しつつ、良いものは柔軟に取り入れながら、機械化など色々な方法を考えたい」と良樹さん。親子で協力しながら、新地町で農業を続けていくための挑戦を続けている。
中国や韓国、東南アジアも視野に
齋藤は現在、北海道や九州でクロピコの利用者を増やし、実績を作ることを目指している。寒さや暑さが厳しい環境でこそ、クロピコは効果を発揮するためだ。
また、日本での実績を足掛かりに、中国・韓国・東南アジアを中心に、クロピコを海外展開する計画も動き出している。
日本各地で芽吹き始めた齋藤の挑戦は、これからも続く。
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