レゾナックナウ

AI半導体時代到来。次の技術革新のカギはどこだ?

2024年11月06日

生成AIがもたらす半導体のゲームチェンジ

(こちらの記事は2024/2/9に掲載されたものです)

2023-12-22 NewsPicks Brand Design

大量の学習データを高速に処理し、文章や画像などのデータを生成する生成AI。現在も革新的な生成AIサービスが次々と生まれるなか、その技術進化を支えているのが「半導体」だ。

膨大なデータを効率的に処理できる高性能半導体を求め、いま世界中で次世代半導体の開発競争が過熱している。

そんななか、「AI時代の次世代半導体開発のカギは、製造プロセスの“後工程”にある」と語るのが、半導体設計技術の研究を行う東京大学システムデザイン研究センター(d.lab)のセンター長を務め、日本半導体復権のキーパーソンとして注目される東京大学教授の黒田忠広氏だ。

近年の生成AIの著しい進化は、半導体産業にどのような影響をもたらしているのか。黒田氏と、日本半導体のダークホースとして期待される後工程材料世界シェアNo.1企業レゾナック・ホールディングス最高戦略責任者(CSO)の真岡朋光氏が語り合った。

生成AIがもたらす半導体の「ゲームチェンジ」

──生成AIの急速な普及は、半導体産業にどのような影響をもたらしているのでしょうか。

黒田:ChatGPTなどの生成AIの台頭は、半導体の「需要拡大」と「技術革新」を一気に加速させました。

もともと半導体は市場の伸びとして期待される領域ですが、いまその中心にあるのが「AI半導体」です。

GPT-3.5の段階では、アメリカの司法試験で下位10%ほどの成績だったChatGPT。ですがGPT-4では、上位10%に入る成績を取れるまでに性能が向上し、世界中がその進化に驚きました。

GPTのような大規模言語モデルのAIは、パラメータ(機械学習が最適化する変数)の数が数千億から1兆を超えるとも言われており、その計算量は並大抵のものではありません。

東京大学 大学院工学系研究科教授 黒田忠広

1982年から18年間、東芝で半導体集積回路を研究開発。2000年から20年間、慶應義塾⼤学とカリフォルニア⼤学バークレイ校で教壇に⽴った。現在は、東京⼤学システムデザイン研究センターd.labセンター⻑、先端システム技術研究組合RaaS理事⻑、国際会議VLSIシンポジウム委員⻑を務める。IEEEと電⼦情報通信学会のフェロー、慶應義塾⼤学名誉教授。

 

パラメータ数が多いと多様なデータやタスクに適応できる一方で、その数の膨張は大量の計算処理を要求することを意味します。そしてさまざまな生成AIサービスの裏側で、その計算処理の役割を担っているのが半導体です。

生成AIの進化により、半導体に大きな負荷がかかっているいま、従来の汎用性の高い半導体ではなく、「GPU(画像処理装置)」をはじめ生成AIに最適化された専用半導体の開発ニーズが高まっています。

真岡:生成AIの普及は、半導体の技術革新に加えて、「新規プレイヤーの参入」も促しています。

GPUなどAI半導体の設計・開発をするNVIDIAが大きな注目を集めていますが、そのほかにもこれまで半導体を開発していなかったグーグルやマイクロソフト、アマゾン、テスラなどもAI専用の半導体チップの自社開発を加速させています。

半導体メーカーから汎用チップを調達しているだけでは、競争には勝てない。ソフトウェアだけで差別化するのは非常に難易度が高いゲームになっているからです。

そこで自社のAIサービスに最適化された半導体を開発することで、新たな競争力を生み出そうとしている。いまや計算能力のカギを握る半導体が、巨大テック企業の命運も大きく握るようになっているわけです。

市場のプレイヤーにGAFAMをはじめとした巨大テック企業なども加わったことで、半導体産業は群雄割拠の様相を呈しており、いま大きな「ゲームチェンジ」を迎えている実感があります。

レゾナック・ホールディングス 最高戦略責任者(CSO) 真岡 朋光

東京大学大学院工学系研究科修了。A.T. カーニーを経て、インフィニオンテクノロジーズへ入社。事業戦略、ビジネスモデル変革等に従事後、2011年にレノボ・ジャパンへ入社。NECとのPC事業統合プログラムを統括。2013年ルネサスエレクトロニクスに入社。同社執行役員として、経営企画、中国事業統括等に携わる。2021年10月に昭和電工へ入社し、2022年1月より現職。

黒田:おっしゃる通りですね。では各社が先端技術の研究開発にしのぎを削るなか、次世代半導体開発のカギはどこにあるのか。

AI向けの次世代半導体の開発には、データの処理量や記録容量を高める「性能向上」のほか、「消費電力の低下」も求められる。膨大なデータの高速処理は、大量の電力消費も促すことになり、地球環境への負荷を避ける必要があるためです。

AI時代に求められる半導体を端的にいえば、「エネルギー効率を桁違いに高めた半導体」の開発でしょう。

ただ言うは易く行うは難しで、半導体の技術革新をこれまで支えてきた前工程が微細化の限界を迎えています。そこでいま技術革新のカギとして、「後工程」と呼ばれる領域が注目を集めているわけです。

半導体進化のカギを握る「後工程」

──なぜ「後工程」が半導体の進化のカギを握るのでしょうか。

黒田:そもそも半導体の製造工程は、大きく「前工程」と「後工程」に分かれます。

前工程は、シリコンウェハーに半導体の回路を形成するプロセスです。後工程は、ウェハーを切り分けて端子をつけたり、樹脂で覆ったりして完成品に仕上げるプロセスです。

これをピザにたとえてみると、美味しいピザをたくさん焼くのが「前工程」。焼き上がったピザをきれいにカットして箱に詰めるのが「後工程」です。

東京大学 大学院工学系研究科教授 黒田忠広

従来は美味しいピザ、つまり回路そのものを微細化して性能を高める「前工程」に投資し、微細化を進めてきました。

しかし前工程の微細化の限界から、最近はピザのパッケージ部分、つまり半導体を上手く箱のなかに並べて効率良く働くシステムをつくる「後工程」領域に注目が集まっています。

半導体の製造プロセス

後工程はこれまで投資が進んでいなかった分、ROIも高い。そのため次世代半導体の開発競争を勝ち抜くためにも、世界中の半導体メーカーがいま「後工程」への投資を加速させているのです。

真岡:黒田先生のおっしゃる通り、半導体の技術革新は前工程の「微細化」が牽引してきました。

これまでは前工程でシリコンウェハーに書き込む電子回路の線をどんどん細くして回路を複雑にすることで、処理能力やコストパフォーマンスも向上させてきたのです。

(Getty:alekcey)

(Getty:alekcey)

各メーカーがしのぎを削って微細化を進めたことで、現在の超最先端の半導体は「2ナノメートル(ナノ=10億分の1メートル)」というサイズにまでなりました。

しかし、「ムーアの法則」の限界が指摘されるように、前工程は技術的にも、投資効果という意味でも、これ以上の進化が難しい状況になっています。

ムーアの法則とは

黒田:さらなる微細化を追求しようとする「モア・ムーア」という業界用語もありますが、2ナノメートルまで微細化が進み、物理的な限界が迫るいま、さらに先に進むためには1兆円を超えるような莫大なコストをかけなければ達成できません。

もはや一企業で出せる金額ではなく、一つの国のなかだけで開発できる技術でもありません。

そこで、微細化ではない別の方法で技術革新を進める必要が出てきました。それが「後工程」領域であり、いわば「モア・ザン・ムーア」。ムーアの法則とは異なる手法で、半導体の技術革新を目指す考え方です。

今後の微細化の潮流

これまで積極的な投資がされてこなかった分、後工程での3Dパッケージングや材料の組み合わせによる工夫で得られる効果は非常に大きい。

しかも、前工程に比べて投資額は1桁、2桁は少なく実現できる。まさにこれからの半導体産業は「後工程」の時代であると言っても過言ではありません。

真岡:おっしゃる通りですね。また後工程が重視されるようになったいま、その技術進化のカギを握るのが「材料」です。

最先端の半導体は、線と線の間が分子数個分しかないほど微細化が進んでいます。

そのため物理的な回路のなかで電子を正しい位置に抑え、互いに干渉しあわないよう制御しなければなりません。

レゾナック・ホールディングス 最高戦略責任者(CSO) 真岡 朋光

こうした課題を解決し、微細化が進んだ超高性能半導体が持つ本来の性能を引き出すためには、効率良く端子を配置したり、各配線の電気抵抗を少なくしたりといった工夫が不可欠です。

その解決のために、後工程におけるパッケージ材料に着目する企業が増えています。

材料そのものの特性でイノベーションを起こし、電気抵抗を減らしながら大量の電気処理ができるような「材料の革新」が必要とされているためです。

そして半導体材料領域において、実はグローバルで圧倒的な強さを発揮しているのが日本です。

圧倒的シェアを誇る材料

出典:経済産業省「半導体戦略(改定版)」

そのため日本の半導体材料を求め、TSMCや米国などからも私たちを含めた日本の材料メーカーとの連携を望む声が数多く寄せられている状況です。

性能を左右する「材料」のすり合わせ

──「後工程」領域における、半導体材料の役割も重要になっていると。

黒田:半導体を動かすエネルギーの無駄を減らし、高速にデータを処理できるかどうかは、一つ一つの「材料の組み合わせ」がとても重要になります。

たとえば、これまでは横に配置していた半導体チップを縦に積み重ねると、チップ間の距離が近づいて伝導効率を上げることができますが、その代わりに熱密度が高くなります。そうなるとチップが過熱し、エネルギー効率の低下を招くばかりか、破損のリスクもある。

つまり、データをいかに高速処理するかだけでなく、熱をいかに逃がすか、さらにはエネルギーをいかに効率良く供給するかが重要なのです。こうした性能を左右するのが材料です。

東京大学 大学院工学系研究科教授 黒田忠広

真岡:材料と一言で言っても多岐にわたり、種類も性能もさまざまです。熱伝導性や絶縁性、割れにくい性質、温度が変わっても化学物質を発生させない安定性など、いろいろな特性を組み合わせて材料は評価されます。

ただ、狙った性能を引き出すことが本当に難しい。

特性の異なる材料を組み合わせてパッケージするのですが、そこではさまざまなトレードオフが発生します。たとえばAとBの材料を組み合わせたときに、どこかでお互いに合わないところがあると、本来の特性が削がれてしまうといったことが頻繁に起こります。

いかに素材の特性を引き出しつつ、ほかの素材とのバランスを保つか。これは複雑な方程式を解くようなものであり、材料メーカーの技術力の差が出る領域です。

レゾナック・ホールディングス 最高戦略責任者(CSO) 真岡 朋光

黒田:特に「後工程」の領域は、お客様ごとに仕様や目的が異なるため、それぞれのニーズに合った調合をして提案しなければなりません。

「あなたの使い方には、この材料の組み合わせがいいですよね」といった細かな提案が必要です。

先ほどのピザのたとえでいえば、「前工程」は大規模に投資して同じピザ(シリコンウェハー)を効率良く焼き続けるというイメージです。

しかし、「後工程」はそれぞれのお客様の要望を聞いて、ピザを美味しくするための調味料やパッケージの仕方(材料の組み合わせ)までどのようにカスタムするかを提案しなければなりません。

この点、日本の材料メーカーは狙った特性を引き出すための経験値とノウハウを持っているため、半導体メーカーのニーズに細かくこたえることができる。

だからTSMCをはじめ世界的半導体メーカーが日本の材料メーカーとの連携を望む声が増えているのだと思います。

シリコンバレーに研究開発拠点を新設

──後工程の領域において、材料分野で世界シェアNo.1を誇るのがレゾナックです。今後どのように後工程材料から半導体の技術革新を促していきますか。

真岡:私たち自身が半導体産業のゲームチェンジャーになるためにも、大切にしているのが「共創」というキーワードです。

当社は前工程から後工程まで幅広い材料を提供していますが、競合他社でもある材料メーカーをはじめ製造装置や設計を担う企業とも連携しながら新たな価値を生み出していく必要がある。

そうした思想に基づいて、実際に新川崎で立ち上げたのが「パッケージングソリューションセンター」です。

パッケージングソリューションセンター

半導体パッケージのオープン開発拠点「パッケージングソリューションセンター」(新川崎)。最先端の半導体製造装置を揃えており、実際の組み立て工程の再現や試作をしながら議論することができる(画像提供:レゾナック)

最先端の試作ラインを備えた後工程技術の研究施設として、その場で実際に先端材料の試作・評価などをパートナー企業の皆さんと直接対話しながら行うことができます。実際、今年は上半期までに世界150社からの訪問がありました。

また他の材料メーカーや製造装置メーカーと、共創コンソーシアム「JOINT2」も立ち上げるなど、競合企業をも巻き込みながら開発を加速させています。

黒田:微細化したチップを開発・量産するために莫大な資本を投入し、資本力がそのまま競争力になっていた前工程と比べて、後工程はまさに“知恵の競争”が必要な領域です。

半導体設計や前工程、製造装置メーカーなど多様なプレイヤーと知恵を出し合うことで、はじめて半導体の技術革新が実現できる。

いつの時代もイノベーションの源泉は多くの人の知恵を集めること、すなわち「集団脳」です。まさにレゾナックが掲げる共創は、半導体の技術革新を支える源泉になり得るはずです。

そしてレゾナックの最大の強みは、「トップシェアを誇る材料の数」と「高いパッケージ技術」を持っていること。その結果として多くの企業の心を掴んでいるわけです。

なぜ、それが実現できているのか。理由の1つは、「市場への早期参入」です。2つ目は、「コラボレーション力」にある。単純にお客様の指示に従うだけでなく、自社のビジョンや目指すべき方向に良い意味で巻き込む巧みさがあります。

レゾナック黒田教授から見たレゾナックの強さの秘密

真岡:ありがとうございます。たしかに当社は研究開発の施設を持ち、製造装置の試作ラインやクリーンルームまで備えています。

一材料メーカーが普通ここまでしないと思いますが、しかし裏を返せば当社が早期に取り組んだことで二番手を目指す企業が出てきません。

ここまでやり切れると、さらに顧客にカスタマイズした細かな提案ができるようになり、それがまた新たな「競争力」を生み出します。これらに早期から取り組んだことで、巨大な参入障壁をつくることができました。

レゾナック・ホールディングス 最高戦略責任者(CSO) 真岡 朋光

コラボレーションにおいても、もともと半導体メーカーで「後工程」を担当していたパッケージエンジニアを数多く採用しています。

そのため、よりお客様に近い目線ですり合わせを行うことができるため、提案力の向上につながります。これも材料メーカーとしては通常やらないことでしょう。

お客様の課題解決をしたいという強い思いを持ち、ソリューションに対する飽くなき挑戦を続けてきたことが、いまのレゾナックにつながっているのだと思います。

──レゾナックでは今後の勝ち筋をどのように描いていますか。

真岡:「前工程」の技術革新が進んだ結果として、いま「後工程」に注目が集まっています。技術的におもしろいだけでなく、これから起こるAI半導体市場の急速な成長と密接にリンクしており、当社にとっても、日本の半導体産業にとっても、強い追い風が吹いています。

レゾナックは最先端のパッケージをお客様に提案するための技術力と、それを実現する仲間が集結しているチームです。この価値を世界のお客様にもしっかりと届けていきたい。

そのためにも半導体産業の中心地であるシリコンバレーに、後工程のR&D拠点の新設も決めました(2025年:運用開始予定)。

東京大学 大学院工学系研究科教授 黒田忠広、レゾナック・ホールディングス 最高戦略責任者(CSO) 真岡 朋光

シリコンバレーには、GAFAMをはじめとするAI向け半導体や最先端パッケージのリードユーザーが多数います。国境を越え、エンジニア同士が実物を手に取りながら対話できる場をつくることで、世界のトレンドやニーズに対応した材料開発や人材育成を加速させたい。

そうした世界のユーザーとの共創を通じながら、当社が得意とする「後工程材料」を武器にこれからも世界、そして日本の半導体産業の未来を牽引する存在を目指していきたいと思います。

黒田氏と真岡氏も出演。半導体の勝ち筋を徹底討論した「The UPDATE」。動画視聴はこちら(クリックで動画ルームに遷移します)

執筆:村上 佳代
デザイン:吉⼭ 理沙
撮影:⽵井 俊晴
編集:君和⽥ 郁弥
NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。
2023-12-22 NewsPicks Brand Design

※2023年12月22日公開。所属・役職名等は取材当時のものです。

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